日々是勉学


by rotarotajp
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日本の男尊女卑について

 数年前、ある人に「君には男尊女卑の傾向がある」といわれた事があります。Rotaはラジカルなジェンダーフリー論者ではありませんが、公平にいって格別「女卑」の思想の持ち主でもないと思っています。しかし、ジェンダーフリー論者のいう、いわゆるジェンダーバイアス(性的決めつけ・偏見)については妄想で、生まれ持った「性による傾向」は存在するとも考えています。それがあくまで「傾向」であって、それぞれの環境や教育によって、変化しうるものであることは認めています。
 人間は自然に逆らって着物を着ています。ダイエットをします。排泄をトイレに行くまで我慢します。生まれ持った性の傾向に抵抗するぐらいが何でありましょう?ただし、可能であるから、そうすべきなのだ、という考えには同調しません。苦しいダイエットにはリバウンドがつきものだからです。
 なんだかんだで、(自分を検証する意味を込めて)ぼんやりと「日本の男尊女卑の姿」を考えてみました。
 日本の「男尊女卑」のシンボルといえば「女大学」です。貝原益軒の和俗童子訓之5巻をもとにしていると言いますが、詳しくは知りません。女大学の中身は日本人なら大抵知っているはずです。特に有名なのは七去。嫁に来た女性が家を去る条件を定めたもので、淫乱だったり、盗みをはたらいていたり、子供が出来なかったり、病気になったりすれば「去れ!」という長子相続・家本位を徹底させる内容。「女、三界に家なし」とはどういうことかを説明する内容となっております。
 さて、こうした思想は一体何処から来たのか?根っこは儒教ですから、渡来モノには違いありません。それも比較的新しい。Rotaは江戸時代に移入された朝鮮儒教が大元であると考えています。
 一子相続による財産継承を必要とするようになった武家の時代以降、女性の立場は、すくなくとも武家の上流階級においては、欧州同様の「疎外」状態におかれるようになっておりました。しかしそれは一部のことです。宣教師のフロイスが「日本の女性の処女性に対する無頓着ぶり」に触れていますが、戦国時代の半ば頃まで、相続に関係する女性以外は極めて自由でありました。男を叩き出す女房の話なども残っていますし、それが「モラルに反する」といった表現も目にした事がありません。
 さて、しかし朝鮮儒教が江戸の将軍によって国学とされると、状況は一変します。現在も韓国の男性と結婚した外国女性のほぼ80%の人が「韓国人ともう一度一緒になるのは嫌だ」と答えるといわれております。既婚男性の90%が妻以外との性交渉を望んでおり、70%が浮気の経験があると答える。朝鮮儒教の発生地、朝鮮半島は、日本なぞ霞んでしまう超男尊女卑文化です。あくまで父系を重視する儒教の影響が今も強く残っています。
 前にも書きましたが、日本に儒学は入りましたが、たまたま江戸の政府が「軍人政権」であった為に、宗教としての「儒教」は根付きませんでした。父母に貰った身体を傷つけてはならん!という私的・家族的モラルは、主君の為なら命を投げ出し、事に失敗したなら切腹する、という「武士道」の公的モラルと真っ向から対立したのです。
 ただし、儒学は武家の一子相続の思想的背骨としては非常に便利な考え方であったので、その部分だけは定着していきました。(水戸黄門の後継相続の逸話などが、長子相続モラルの固着化を象徴しております)これが日本の男尊女卑の文化的背景だと思います。
 公平を欠くので付言しますが、腕力がモノをいう18世紀以前の世界では、男尊女卑が当たり前の風潮であり、朝鮮儒教のそれが歴史の中で特筆されるべきものだとは思っていません。仏教においても女性を忌むべきものとしていることに注意。
(なぜ財産を一子相続としなければならなかったか、という考察は、また次回)
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by rotarotajp | 2006-05-01 02:02 | バロック