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日々是勉学


by rotarotajp
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人殺しの心理学後半部

 学生の頃、ある人と政治談議をしていたら「信仰は人それぞれなのだから、実際には宗教集団というものは存在しない」という箇所から話が進まなくなったことがあります。「国家も存在しない」ということになりました。信仰同様、まったく同じ国家観を共有する国民などいないからです。その伝で文明も存在しないということになり「文明の衝突」はありえないという結論に行き着いて大笑いしました。
 魅力的な考えですが、もちろん人間を理解する方法としては実際的ではありません。
 ある人を眺めながら、その肉、その細胞、その原子、その分子と分解し、分子に個性はないから「あなたは存在しない」といっているに等しいからです。

 「自分」というものは自分が思うほど確かなものではなく、独自のものでもなく、周囲の環境に溶け合っているものだと考えるのが至当でしょう。
 環境の一部である人の集団(社会・組織)は個より上位にあります。上記の例でいえば、宗教集団が人の信仰をつくるのであって、人の信仰が宗教集団をつくるのではないのです。

 【戦争における「人殺し」の心理学】後半部に、あるベトナム帰還兵の言葉が引用されています。

「~そういう若いのをしばらくジャングルに送り込み、心底びびらせて眠れないようにしておけば、ほんのちょっとしたことで恐怖は憎悪に変わる~中略~ついでにほんのちょっと集団の暴力を経験させてやれば、ここにいるあのお行儀のいいのだって、昔の戦士みたいに女を強姦するようになる。殺しと強姦と盗みが目的になってしまうんだ」

 個が集団・環境に与える影響より、集団・環境が個に与える影響の方が強力なのは自明ですから、集団を動かせる者、個人の環境に影響を与えられる者は、個の存在を操作・誘導出来ます。

 極端な例は独裁者でしょうか。

 ヒトラーは「わが闘争」で、ドイツの青少年をユダヤ憎悪の中に取り込みました。一度ヒトラーに同意し、ユダヤ人に憎しみを抱いた者は総統を裏切り難くなります。ユダヤ人に吐いた唾が自分に戻ってくるからです。何らかの残虐行為に加われば、総統との絆はますます強くなります。
 
この部分の消息を【戦争における~】の著者はこう表現します。

「残虐行為はたんに正しいというだけではない。殺した相手よりも自分の方が、倫理的社会的文化的に勝っているという証拠なのだと、そう兵士は信じなくてはならない。~中略~自分は過ちを犯したのだという考えを、殺人者は力ずくで抑え込まなくてはならない。そしてさらに、この信念を脅かすものには、それが何であれ激しく攻撃を加えなくてはならない。殺人者の精神の健康は、自分の行いが善であり正義であると信じられるかどうかにかかっているのである」

 独裁者は兵士を、人として耐え難い行為に引き込むことによって、彼らの狂信的な忠誠を買うのです。戦争で強姦や冷酷な処刑が横行するのは、実際にそうした残虐行為で誰かが何らかの利益を得ることが出来るからです。ベルリン陥落後、十万人の私生児が母親たちの手に残されました。指導部の明確な指示に従って、ソ連兵が強姦行為に励んだからです。

 強制収容所や民族浄化などの証拠が幾つもありながら、六〇年代の左翼思想家は熱烈に共産社会を崇拝し続けました。彼らは「人民」のためなどではなく、自分の精神を守るために戦っていたのです。ついに彼らが折れたのは、ソ連邦が崩壊して数千万人の、ナチが霞んで見えるほどの大虐殺が白日のもとに晒されて以降でした。

 ちなみに今も旧ソ連圏での自殺者が異様に多いのは、あるいは自己の正当化の作業が困難であるからかもしれません。

 とにかく、戦争をこのように表現した本をRotaは他で見たことがありません。
 日本がこれから戦争(防衛)をするのは大変だなぁ、と思います。もしこの本が正しく軍隊と兵士の心理を表現しているのなら、自衛隊はおそらく侵略をうけても機能しないでしょう。
 もう一点、もっと一般の学生などが軍隊や戦争に関する常識を身につける場があってもよいのではないかと思います。中学か高校の必修であってもおかしくありません。少なくとも選択科目としては設置されるべきでしょう。優秀な軍人を選抜する役にもたちますし、戦争の実際を教える場としても使えます。(人材不足で平和念仏教室になるのがオチかな・・・汗)

以上、【戦争における「人殺し」の心理学】ちくま学芸文庫(一五〇〇円也)を読んでの感想でありました。前半部・後半部の別はRotaが栞を挟みこんだ箇所を勝手に名付けているので、実際にはそんな章わけにはなっておりませぬ。念のため。
by rotarotajp | 2007-04-29 19:44 | 私事