日々是勉学


by rotarotajp
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さて、夏になった

d0052110_1438518.jpgさて、夏になりました。夏休みなどを利用して旅行する不届きな輩も多いでしょう。わが一族も親戚のおめでたがあったので、欧州に大移動しますが、拙者は諸々の事情で蒸し暑い日本に居残りです。集めたい資料など山とあるのに居残りです。もう一つお金がないので居残りです。この際、有志はRotaに寄付!ビシっと一口百万円!(殴・・・・・ええっと・・・・では、無駄に旅行経験豊富な拙者が、欧州観光のポイントなどを御紹介いたしましょう。きっといつか御役に立つはずです。まず、欧州に行く観光客が必ず見るのがお寺です。欧州の街はたいていお寺を中心にしているので、必然的に観光の目玉スポットです。教会ともいいますが、お寺といった方が個人的には雰囲気いいです。で、そのお寺には大きく分けてロマン様式、ゴシック様式、バロック様式とあります。壁が厚ぼったい感じで、ぶっとい円柱が立ち並び、窓が小さいのは普通、ロマン様式です(ロマネスク様式とも言います。どっちでも可です)ステンド・ガラスがはまったでかい窓があって、外から見ると「バットレス」という壁に対して垂直に、歯車の歯のようなモノが生えてたらゴシック様式の可能性が高いです。で、成金の金ぴかで、曲線と直線が入り混じってるのがバロックです。たいていの場合、何回も修築改造されて、ロマンとゴシックとバロックが同居しています。下った時代に建てられた擬似ゴシックや擬似バロックのお寺も多いです。騙されてはなりません。上記の特徴は「心得」程度のものと思い、実際のところは土地の案内書などを参考にするのが一番です。で、お寺の次に見るのが宮殿です。これも一杯あります。ほとんどの場合、室内はロココ式です。最後に王侯が宮殿を使った時の流行がロココ式だったからで、その時代にそんなふうに改造されたからです。フランスやらドイツやらイタリアやらオーストリアやらのことです。なかにはバロックが相応しいということで、旧に復元されて公開されている所もあるでしょう。宮殿に入るとその不便な一本道に驚きますが、これは宮殿の主の安全を図るための伝統です。部屋をつなぐ通し廊下がないのです。王様の部屋は普通一番奥にあります。王様の部屋に行くには衛兵の詰所やら会議室やらを通らなくてはなりません。意図して不便にしてあるのです。お城やお寺の塔などに登る階段は大抵右巻きになっています。これは合戦の時、守備側が下から攻めあがってくる兵を防ぐ為にそうなっているのです。上から下を攻撃すると右に空間があいて剣を振りやすく、左の壁が盾代わりになります。これも欧州ならどこでも共通なので、恋人などを連れてヒィヒィと階段を登っている時に披露すると「まあ、知識豊富な賢い人なのね」と思ってもらえるかもしれません。「しょーもない雑学野郎め」とマイナスにとらえられても拙者は一切責任取りませんのであしからず。
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by rotarotajp | 2005-06-30 14:56 | バロック

殺人と異常性

某書を読んでいたら「殺人は異常の行為であるわけです」とのたまう先生がいたので、この湿気の多い日にピチっと頭の血管が切れるかと思った。その先生曰く「人を殺す、同種を殺すという経験をする人は極めて限られている。そもそも生物は同種を殺そうとはしないものである」云々。まったく、こやつ、夢でも見てるんじゃないかと・・・・。動物は同種殺しをしないだろうか?例えば猿に拳銃を持たせて、使い方を覚えこませてみたまへよ。ちょっとした縄張り争いで同種を殺してしまうのではないだろうか?犬は?猫は?イルカは?牛は?みな同種同士殺し合いをすれば体格も武器も同じだから共倒れになる。だから殺しあわない。切羽詰るほど腹が減れば命懸けで同種を殺して食ってしまう動物など一杯ある。むしろ殺さない種の方が少ないだろう。動物の中には、なるほど、殺し合いを避けるために「競技」を発展させたものもある。威嚇しあうだけでとか、吼えるだけ、色の鮮やかを競ったり、等々。その点、人間は凄まじい。殺し合いの代わりとなる「競技」を山と発展させてきた。スポーツの数々、将棋やトランプや、そして今の時代のPCゲームを見よ!「殺し」を少しでも減らすための知恵だ。道具を使う「人間」は簡単に同種を殺せるようになったからこそ、なんとか同種を殺さないように、様々な工夫を凝らしてきたのだ。その努力を笑うかのように「殺人は異常の行為」とは何事!人を簡単に殺す能力を持ちながら殺人をしないのが異常のことなのだ。その異常こそ歴史が積み上げてきた知恵なのだ。それを抑え損なって、「人は人を殺さないものですよ」などと教育者がのたまってどーする!プンスカ!
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by rotarotajp | 2005-06-29 14:43 | 時事

PCの上部構造物

御要望がありました下の方のPC本体はお見せできませぬ(´-ω-`)妙なスティックが画面の前についておりますが、これは拙者の学問上どうしても必要な付属品とお考えください。決してゲーム用などではありませんので念の為。
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by rotarotajp | 2005-06-28 23:37 | 私事
サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」(原題:Clash of Civilizations)は発表当時は評判悪かったけど、その後の経緯を見るとまさにドンピシャ。対抗馬のフランシス・フクヤマの「歴史の終焉」(原題:The End of History and the Last Man)の方はまったく霞んでしまいましたなぁ
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by rotarotajp | 2005-06-26 15:03 | 時事

(´-ω-`)

再放送らしいN○Kの番組を見ている。日韓の20代の若者をディベートさせるという企画のようだ。よく草の根外交とも言われるが、こりゃ典型的な反草の根外交だわい、とゲンナリした。そもそも日本側の学生と教授が韓国側の主張を先取りしてディベートが成立していない。お互いの主張を整理しなければ、見ている方にも論点が伝わらない。伝わったのは日本人のディベート下手な所だけか。企画自体は関心をそそられるモノだし、真剣に主張しあえば、たとえ20代の若者の意見でもじゅうぶんに力を持つだろうと思っただけにゲンナリ度も深い。強壮薬がかえって下剤のようになってしまった原因は、日本の参加者の中に相手を慮る井戸端会議のような形にもって行く人がいるからだろう・・・まだ途中だが・・・消すかぁ・・・最後の方になればナントカなるのかなぁ。ああ、しょっぺえ・・・何より韓国側の「いや、日本にもいい人はいるのでしょうが、ほとんどは悪い人」的論調。道徳的に自分を絶対視した、その主張の仕方が日本人として非常に不快。・・・・俺が不快なだけなのかなぁ??いや、これは文化の違いか?「譲る文化」の日本と「攻める文化」の韓国。まったく譲る気配のない韓国の主張が「譲れ!」であるのに失笑。韓国の方のマッチポンプ式会話構造は理解不能。過去の日本で言えば壮士風、という奴であろうか・・・。好き嫌い、内容の可否を飛び越えて、価値観の違いをマザマザと感じさせられる。中国や北朝鮮の広報にも同じような雰囲気がある。ディベートやらせても噛み合うはずがないと改めて得心した。ハンチントンも日本を独自の文明圏と定義していたが、日本は真剣にアジアではないのかもしれない・・・・
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by rotarotajp | 2005-06-26 14:47 | 時事

好きな本

必要があるから本は山と読みますが、しかし趣味で読む本はまた格別のものです。最近は新しい音楽に親しめないのと同様、趣味の本もずっと同じ本を繰り返し読むようになり、それぞれの本に対する愛着もいよいよ増してきました。で、まことに恥ずかしながら、この10年ほど、年に一、二回は必ず読んでいるのが、デビッド・エディングスの「ベルガリオン」シリーズ。剣と魔法のファンタジー小説です。どれほど好きかというと英語版のペーパーバックまで持ってます。日本未訳の本まで買い漁りました。格別に衝撃的な本ではまったくないのですが、全体に「おっとり」していて、ささくれた気分を癒し、ストレスを解消してくれます。で、さらに恥ずかしながらビジョルドの「マイルズ」シリーズも読んでいます。SFスペース・オペラものです。年に一、二回は必ず読んでおります。面白いです。漫画やアニメ、ファンタジーやSFは子供向けという偏見がどうしても拭いきれず、ここにこういうものを読んでいると書くのは非常に抵抗があるのですが・・・そうした自分の保守性、固陋性というのが、実は自分の想像の幅を狭めているな、という実感があるので、あえて書いてみたです。江戸時代の教養人は漢文を読んで、カナ文なぞは下層階級のモノと軽蔑しておりました。黄門様は「大日本史」の著述に、当時の貴族知識人らしい判断で、漢文を選びました・・・・が、もしアレが漢文でなかったなら、今もベストセラーでありましたでせう。明治から昭和にかけては、やはり文語をよしとする風潮がありまして、話し言葉に絵を組み合わせた「漫画」なぞは下の下とする意識があったようです。わたしなどは、この影響をモロに受けておりまして、公共の場で漫画を読むことが出来ません。いや、読むこともありますが、やはりその度に抵抗を感じます。メディアの意義は何かを伝える事で、それに上下貴賎はない。例えば「物語」としての面を見た場合、小説より優れた漫画は掃いて捨てるほどあるはずです。漫画であろうが本であろうが、テレビであろうが映画であろうか、はたまたPC上の動画、ゲームであろうが、伝える力の強いもの、よりわかりやすく、摂取しやすいものが発達、支持されていくのは当然のことです。昨今の「本」の衰退原因はそこにあると思われます。一つの文化が衰えていくのは悲しい事ですが、すぐそこに新しい元気なものが生まれ出ている。この新生児をしっかりと見つめる勇気が欲しい、と・・・・本日の昼食前の妄想でありました。
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by rotarotajp | 2005-06-22 11:16 | 時事

戦艦大和

戦艦大和を読んだばかりなので、産経新聞が報じた救助艇指揮官の「手首斬り」は事実に反するとの「回想」を興味深く読んだ。もし事実に反するなら、吉田氏が伝聞を物語に入れたか、あるいは創作したか、はたまた妄想したかということになろう。なにせ戦後であるからストレートに書物が出せる時期ではなく、反戦反日本帝国の一行をつい筆が走って挿入してしまったということかもしれない。勿論、救助艇指揮官の方の思い違いの可能性もあろうし、なにせ戦争中の、しかも半世紀前の、ある一日の、ある一瞬のことだから、事実を確認するすべは、おそらくないであろう。実は戦艦大和については友人から「軍艦旗を守るシーンがあるのだが、」と数日前に指摘を受けた。陸軍で軍旗はいわば部隊の象徴であって、ボロボロになるまで守られ、きわめて重要視されるが、海軍では旗は古くなったら新しいのと取り替える、というのである。恥ずかしながら知識がなくて思い至らなかったが、なるほど、砲弾で穴の開いた陸軍旗はあっても、ボロボロの軍艦旗というのは聞いた事がないなぁとうなずいてしまった。記録文学と言うものは、一つ事実と違う事が混入すると、大幅に信頼度が低下してしまう。ほかの部分まで信じられなくなってしまう。最後には作者の「意図」をすら疑ってしまうものだ。が、しかし、事実は事実として別に検証するとして、文中、仮に多少の錯誤はあったとしても、「戦艦大和」は素晴らしい文学であり続けるだろう。戦艦大和、というすでに沈んでしまった、影も形もないものを再生し、また帝国海軍という、これまた消え去ってしまったものを再生し、それは一時騒がしく、血生臭く、やるせない巨大な幻影を見せてくれるものだから。
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by rotarotajp | 2005-06-20 14:08 | 時事

面白Uボート

ゲームも中盤に差し掛かってまいりました。敵駆逐艦も強力になってきております。以下のSSは特に面白かったもの。1は双方弾を撃ちつくして虚しく併走しているもの。2は知らないうちに敵の船団の真ん中を航行していた時のもの。3はどうしても沈んでくれないT3タンカーに最後の手段の体当たり・・・座礁しました(´-ω-`)
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by rotarotajp | 2005-06-18 14:53 | ゲーム

Battle of la Marsaglia

Battle of la Marsagliaについて調べている。ちょっと詳しい資料にあたったなと思うとフランス語だったりイタリア語だったり、軍関係のはドイツ語だったりするのが普通だ。しかもイタリアのサイトは英語度が低く、非イタリア圏の人には極めて不親切。とにかく半泣きである。比較的読みやすい英語サイトでも辞書と大格闘。御当地の観光用地図とMappe(伊語で地図のことらしい)サイトを検索、時折あまりの不親切さに「アホでないか、君たちは!」と筋違いな罵声を浴びせながら位置を把握していく。で、今自分が理解しているところを簡単にメモっておく。会戦の経緯は以下のとおり。
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(添付写真はトリノのパラッツォ・マダーモ)1693年のキャンペーン・シーズンになると、同盟軍(アメデオ公爵とオイゲン公子(この年に帝国元帥)の軍)はピエモンテ内のフランス軍駐留地ピネローロの砲撃を開始する。同盟軍はピネローロに付属する要塞、聖ブリジッド(?)を攻略。イタリア方面のフランス軍を率いるカティナ(Nicolas・Catinat 1637-1712 この年元帥に昇進)は25000の歩兵、12000の騎兵、砲20門、総勢38000を用意してアルプス方面より南下(だと思う)オルバッサーノ(トリノの西、ピネローロとの中間点付近にある村)近くに展開した。騎兵82個大隊、歩兵52個大隊、竜騎兵、および砲兵。迎え撃つ対仏同盟軍はあわせて30000。北にフランス軍、南に同盟軍が布陣する。同盟軍は数で劣る上、Cisola?川に中央で分断されている。対するフランスは西の高地(Piosaga)に兵を入れて、素人目にもフランス有利。会戦の名の由来となった僧院Masaille(現在の姿は不明)は川の南側、同盟軍陣地のど真ん中にある。おそらくは同盟の本陣となったものか?ちなみに仏軍が山の上に城?をつくったという記述もあったが未確認。オルバッサーノでの対峙がいつ頃から始まっていたのかも不明。戦闘は朝九時、フランス軍の砲撃で開始された。砲撃の後、フランス軍は全線で戦闘を開始。不利な布陣であった同盟の左翼はたちまち崩壊、右翼はしばらく粘ったが、やはり仏側第二線の予備軍が投入されると耐え切れずに崩壊。中央も撤退を始める。戦闘は四時間半にわたって続き、フランス軍は敗走する同盟軍を、ほとんどトリノ面前まで追い詰めた。フランス軍の損害2000から3000、対する同盟軍は10000前後を失った。カティナの副官?にはヴァンドーム公ルイ・ジョゼフ(血筋からいって総司令官か??)がついていたので、後の歴史を考えると、両軍あわせてほとんどドリーム・チームの趣あり。ちなみジョゼフはオイゲンの従兄弟でもある。それにしても史料少ない・・・・仏や伊やらの陸軍資料室なんかに行ったら資料山積みなんだろうなぁ。今は他の何よりもドラえもんの「翻訳こんにゃく」が欲しいです。誰か開発してください。
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by rotarotajp | 2005-06-17 08:31 | バロック

戦艦大和と与謝野晶子と

メモ帳の方に「君死にたまうことなかれ」が好きだと書いた手前、昨日「待ち時間」を消化するために持ち出した本(古本屋で大量買いして積んである)に、詩を印刷した紙を挟んでおいた。で、いざその本を取り出してみると、本の題は吉田満「戦艦大和」。もう何度も読んでいるが、手元にないので買っておいたものらしい。その戦艦大和に「君死にたまうことなかれ」が挟まっているのだから不思議だ。与謝野晶子のほうは著作権消失のハズだから全文を以下にコピペしておこう・・・

君死にたまうことなかれ
与謝野晶子(日露開戦の年1904年明星発表)

 ああ、おとうとよ、君を泣く 君死にたまふことなかれ
 末に生まれし君なれば   親のなさけは まさりしも
 親は刃をにぎらせて  人を殺せと をしへしや
 人を殺して死ねよとて  二十四までを そだてしや
 堺の街の あきびとの  旧家をほこる あるじにて
 親の名を継ぐ君なれば  君死にたまふことなかれ
 旅順の城はほろぶとも  ほろびずとても何事ぞ
 君は知らじな、あきびとの  家のおきてに無かりけり

 君死にたまふことなかれ、 すめらみことは、戦ひに
 おほみづからは出でまさね  かたみに人の血を流し
 獣の道に死ねよとは、 死ぬるを人のほまれとは、
 大みこころの深ければ もとよりいかで思されむ。
 ああおとうとよ、戦ひに 君死にたまふことなかれ
 すぎにし秋を父ぎみに  おくれたまへる母ぎみは、
 なげきの中に いたましく わが子を召され、家を守り
 安しときける大御代も  母のしら髪は まさりぬる。
 暖簾のかげに伏して泣く あえかにわかき新妻を
 君わするるや、思へるや 十月も添はで わかれたる
 少女ごころを思ひみよ この世ひとりの君ならで
 ああまた誰をたのむべき  君死にたまふことなかれ。

この詩の発表後、与謝野晶子は家に火をつけられたそうだ。「旅順の城はほろぶとも~」の一行で公共の事に対して一線を画しているのだから、いわば「私信」的詩。こういうものを攻撃するとは心が狭いと言うかなんというか、実に日本人的。同じ論法で、吉田満の「戦艦大和」も「軍国主義的」といって攻撃を受けたと聞いている。この本を読んで「さあ、俺も軍人になって大和に乗って敵をやっつけるぞ!」と思う読者がこの世に居るとは思えないのだがね。時流に乗らないモノは内容にかかわらず攻撃されるという見本を二つ見つけて、自分もそういったものに同調しないように気をつけなくちゃな、と自戒を込めて思った昨日でした。それにしても戦艦大和は美文。内容もすさまじく、日本の男の子ならたぶん涙無しでは読み続けられない。中学生や高校生の教科書に載せたら、なまじっかの「平和教育」よりよほど印象に残るよと一考。 著者がこの全文の初稿を敗戦の直後、ほとんど一日で書き上げたと言っておられる事、また著者がこの体験をなさっている時、わずか22歳の青年であられたことなどを考える時、あまりにあまりな隔世の観と、人間の「質」の差に愕然とする。いったい俺はなにをしているのだ、と黙然沈思しつつ、今日はさっさとメシを食いに行くか・・・。
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by rotarotajp | 2005-06-15 11:18 | 時事