日々是勉学


by rotarotajp
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Duran

 姉がMTVで流されるマイケル・ジャクソンの『スリラー』に夢中になっている頃、Rotaは両親に貰ったラジカセでモーツァルトにはまっておりました。しばらくして学校のいがぐり頭が「おまえ、世界で一番有名なポップ・スター知ってるか?」ときくので、姉の受け売りで「マイケル・ジャクソン」と答えたら「モノを知らない奴だ。デュラン・デュランだよ」と返されて大ショック。(考えてみれば大嘘だ)家に帰って姉のテープからデュランを盗み出してThe Reflexの最初のフレーズを聞いた瞬間、三大交響曲もオペラも、宗教楽曲も愛しのアマデウスも吹き飛びました。
 取り返しがつくなら、あの日に戻って耳を塞ぎたい。あのままクラシックに邁進していたなら、今頃さぞや音楽の素養も上がっていた事でしょう。哀しいかな、わが80年代に燦然と輝いたのはGirls On Film、Union Of The Snake、Hungry Like The Wolf等々の聴かんでもよい軽薄ポップス。頭の真ん中がバカになるぐらい聴きました。もっともデュラン卒業は早くて、まじめに聞いたのは復活アルバムと注目されたNotoriousが最後。これ以降、ざっとリストを眺めても記憶にある曲が少なく、The Wedding AlbumのFemme Fataleが何故か思い出される他は壊滅です。
 80年代のポップスは輝いておりました。
 MTVが青少年野郎どものバイブルでした。マドンナの破れたGパン、シンディー・ローパーの爆発ヘアー、Bananarama3人娘。ユニセックスのはしりボーイ・ジョージ。目が点になりました。あの程度でも、あの頃のRotaには日常の形式からの解放だったのでしょう。個人的にも日教組の管理教育で壊滅していた地域から、燦燦と太陽が輝く所へ引っ越した時期でしたから、ポップス=自由といった図式が強くあります。
・・某HPの80年代アルバム一覧を見ながら辿ると・・・fleetwood macのTango in the Night、Huey Lewis & The NewsのFore!、KansasのPower(懐かしい!好きだったなぁ)StarShip、Queen Police、Tears For Fears、Wang ChungのEverybody Have Fun Tonight!!!!Cure、Prince、INXS、
 これを書きながらリュリのTe Deumを聞いています。
 人は一生かかって元の場所に戻るものだそうですが・・・最近はバロック期のものでなくともクラシックが多いです。まだ人生終わってもらっては困るのですが(´・ω・`)ノオイオイ
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by rotarotajp | 2006-06-30 03:19 | 音楽

ゲイ談

 日本の文化は男性の同性愛抜きでは語れませぬ。能にしかり、武士道にしかり、日本画にしかりと、根っこの所に深く息づいています。で、日本が特別かと言うと決してそうではありませんで、イスラム文化圏でも清浄な関係として男同士の性愛がありましたし、朝鮮半島から大陸の諸王朝でもしかりです。時により浮き沈みはあっても、特筆に値するような弾圧は見当たらないようなのであります。色々と考えましたる結果、キリスト教圏の人の同性愛嫌いは、日本人には本当には理解できないのではないか、と思います。英語圏の人はよく悪口で「ゲイだ」「ホモだ」と言いますが、それがピンとこない。無論、なにも同性の性愛を歓迎するような雰囲気が日本にあるとも思いませんが、ゲイだといわれて傷つくような背景もない、といった所でありましょう。
 ヒトラーは突撃隊のレームが両刀使いであると聞かされると「未成年が彼の毒牙にかかったことはないのだろうね?」とうろたえて叫んだと言われます。レーム処分の口実には、実際、彼の同性愛嗜好が挙げられています。男色は許しがたく、未成年との男色行為はなお忌まわしい。日本の稚児さん遊びなど知ったら総統は何と言ったでしょうね(笑
 さて、そんなヒトラーはフリードリヒ大王の熱烈な心酔者であったといわれています。彼が設計した党本部「褐色の館」には、一番目立つ場所に、大きな老フリッツ(フ大王)の肖像が飾られていたとのことですが、しかし、歴史の皮肉でありましょうか、今日、その大王が一本筋の入った男色家であった事は動かせない事実とされております。
 大王は若かりし頃、ある騎兵少尉と駆け落ちをいたしました。間近に迫った縁談が嫌でたまらなかったのです。ところが逃げ切れず父王の追手に捕まりまして、恋人の少尉は反逆者として大王の見ている前で首を斬り落とされました。大王のスーパー・マキャベリスティックな性格はこうした暗い青年期の影響なのかもしれません。
 ちなみに、どうもRotaが大王を好きになれないのは、彼がヴォルテールについて語った言葉が残されているからです。ヴォルテールと大王が疎遠になった時、廷臣がその理由を尋ねると、大王は一言「果汁を絞りきったら皮は捨てるものだよ」と答えたといわれます。そのまんま真実ではないにしても、大王の治世をよくあらわした言葉だとは思います。
 男色家の大王、子は出来ず、王位を継いだのは彼の甥でありました。
 日本の男色の極地といえば、やはり葉隠でしょうか。葉隠の中で男色は「道」ですらあります。そして「煙となって後に知れ!」と、とことん忍ぶ恋。世阿弥の「秘すれば花、秘せねば花なるべからずとなり」にも通じるのでしょうか?恋愛は表に出して「成就」してしまうと格がさがるという考え方です。今の世の中だとストーカーとかいわれて敬遠されるでしょうがね。
 まあ、男色といって、概念はともかく、その実際は、平凡な異性愛者の目からすると少々異様であります。そうした実際を描写した本も数冊読みましたが、実に(異性愛者としては)げっそりする濃い内容でありました。(同性愛者から見れば異性愛の実際こそ気色悪いものなのでありましょうが・・・)日本文化の中に男色ありといえど、所詮、凡人にできる事は、それを少女漫画的範疇に留め、美化する以外にないのでしょう。と、まあ、本日はどうしたわけでか、ゲイ談でありました。
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by rotarotajp | 2006-06-27 13:15 | バロック

ある首斬り役人の日記

どーも眠れないので投稿。
「ある首斬り役人の日記」フランツ・シュミット著、藤代幸一訳(白水ブックス)をパラパラとめくっています。16世紀ドイツの、日本でいえば山田朝右衛門のような親方の日記です。まだ最初の方ですが、なかなか気味の悪いシロモノであります。さて、途中のコラムで「絞首」と「斬首」の違いが説明されておりました。それによると当時、「斬首」は名誉ある処刑で、罪人も絞首をまぬがれて斬首を宣告されると、心から喜んだのだそうです。当時は絞首より斬首の方が「楽だ」というイメージもあったのだとか。そんなわけで斬首の場合、同日記では「お慈悲をもって打ち首にした」という表現が使われています。せっかく喜んでいるものを苦しませたくないのは人情でしょうから「一撃で・・・」と処刑人も力んだ事でしょう。それが公開処刑なら、腕を見せるよい機会です。打ち損じれば評判も下がった事と思われます。そうした処刑人の日々の生活を想像していたら、少々気分が暗くなってきて、余計に眠れません。職業的処刑者というのは、過去においても、現在においても、なんと厳しい仕事でありましょうか。
以下は色々と連想ですが、現代、死刑があるという事に疑問を感じます。その理由の第一点は人間には間違いがある、という事実。処刑してしまっては取り返しがつかない。理由の第二点は上記の通り、処刑を実行せねばならない職業者がいるという事実(実際には誰がということを、本人を含め特定できないシズテムになっているようですが、それでも負担は重かろうと思います)国家が復讐を代行するシステムである以上、死刑はあった方がいいのでしょうが、以上の二点を考えると、最高刑を終身にしてもよいのでは、と思わないではありません。特に第一点が致命的です。冤罪がまったくゼロになることは今後もないでしょう。第二点に関しては、シロウト考えですが・・・法の管理のもとで復讐権を被害者に返還しても・・・・と思うのですが・・・まあ、誰が最大の被害者か、ということもあるだろうし、そのこと自体が二次被害的でもあるし・・・。なにぶん難しいですね。夜の頭で考える事じゃないです。寝ます。
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by rotarotajp | 2006-06-25 03:29 | 私事

意思の勝利

「意思の勝利」(Triumph des Willens)の全編がグーグル・ビデオに載っておる。
しかもリマスター版・・・いいんかいな(´Д`υ)
でもお得なのでNSDAPに興味のある方は必見。
http://video.google.com/videoplay?docid=-9076835539195533187&q=triumph+des+willens

演説がドイツ語でわからん!という人はこちらのシナリオを参照あれ
http://www.geocities.com/emruf4/triumph.html

この映画を見た後で、つい外でホルスト・ヴェッセル・マーチを口ずさんで冷汗をかいたことがある。お気をつけあれ。人前だと、日本で歌ってもかなりヤバイですが、特にドイツでは違法です。
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by rotarotajp | 2006-06-24 23:36 | 私事

「意思の勝利」に引き続き拘っているのですが、本日はニュルンベルグのサイトからシュペーアの計画した大施設について。いかにもNSDAPらしい、ヒトラーらしい施設です。意思の勝利に出てくるSSとSAの大集会やら開会式の会場やらは、トップページの地図12番と10番の周辺。そのルィトポルト・アリーナにしてもサッカー場が何個も入る大きさだそうです(実際、今はサッカーの練習場になってるのだとかサッカー場になっているのはツェペリン広場の方でした。訂正してお詫びします)そこから引いて地図全体を眺めれば、計画された施設の巨大さがわかろうというもの。


↑ここなぞはいかにもですね。議会ホール。中央付近に一段高い演壇があります。あそこでヒトラーが一席ぶちあげる予定だったのでしょうが、未完に終わっています。


↑ツェッペリン・フィールド。シュペーアが考案した「光の聖殿」の写真がトップに来ています。「旗の海」と同じぐらい有名な演出です。1934年時には空軍のほとんどのサーチライトが集められた為に、航空相のゲーリングが苦情を申し立てましたが、ヒトラーの鶴の一声で実現されました。フィルムの関係でか「意思の勝利」では綺麗に見る事が出来ません。この写真だと見事ですねぇ。(この写真に見られるような「光の聖殿」は36年からはじまったのだそうです。見れないわけだヨ)


↑一連の施設群をつなぐ「大道路」。現代の写真が最下部にあります。とんでもない横幅が実感できます。

実用性皆無のこうした建物類は御近所の某都市を思い起こさせます。
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by rotarotajp | 2006-06-20 19:23 | 私事

劇画ヒットラー

 水木しげる著「劇画ヒットラー」についてであります。結論からいうなら、Rotaにはとても面白い本でありました。本日の帰宅時に本屋さんで見かけたなら、ぜひ購入してやってください。ちくま文庫、520円+税。とってもリーズナブルなお値段です。ヒトラーについてのドキュメンタリー大作を何巻か読むのと、その吸収のしやすさを考えるなら、同等か、それ以上の価値があるとRotaは思います。
 もちろん劇画ならではの省略はあるようです。色々とある中で、例えばゲリの自殺のシーンにおいて、同書においてヒトラーはのほほんと歩いているところを呼び止められる、という描写となっていますが、実際のヒトラーはこの時車に乗って移動中で、後方から迫る使者の車を暗殺者と考えて臨戦態勢にあったといわれています。有名ではあっても本筋とは関係のないエピソードなので、おそらく作者は流れを澱ませない為に単純化したのでありましょう。
 これ自体、劇画というスタイルの中において欠点と言えるかは微妙な部分なのですが、逆に明らかな美点は多々みられます。まず物語の開始時期をヒトラーの青年時代においた事。ヒトラーを表現しようと試みる人は、よく知られた全体主義調の雰囲気の為に、1933年~1934年頃からストーリーを描く誘惑にかられると思うのですが、しかし、実はヒトラーのエピソードで興味深いものは、彼の「闘争」の時期に多く、政権奪取後には少なく、あるいは希薄になるのです。(とRotaは思っています)その点、同書は半分以上を政権奪取以前の描写にあてています。その時点で大いに好感が持てますし、ヒットラーモノに馴染みがない人には初見の情報も多かろうと思います。
 あとは、個人的にニヤリとしたのは国防軍の将校の描き方で、たった少しのコマに偽善的な雰囲気が良く出ています。(意識的というより、こりゃ画風なのかなぁ?
 なにやら世の小説などでは国防軍とナチスを区別して、国防軍を罪なき軍隊と祭り上げる風潮がありますが(戦後ドイツの歩みと同期するものです。ナチスと国家を分離させる理屈)実をいえば「カイザーが去って将校団が残った」といわれるほど、軍は旧帝国の貴族趣味を残した特権階級の組織で、当然保守の気風が強く、実際にはドイツ・ナショナリズムの最大の担い手であったのではないかとRotaは思っています。ので、ホントはもっともっと辛口にコケ下ろして欲しかった面も少々・・・なきにしもあらずということもなし。
 元々Rotaは水木しげる氏のファンではありますが「劇画ヒットラー」は数ある同氏の傑作の中でも(ちょっと毛色は変わっていますが)白眉と思われますので、未読の方には絶対のお薦めでありんす。
 手塚治虫氏の「アドルフに告ぐ」がフランス料理なら、「劇画ヒットラー」は刺身。両者を比較して云々する向きもあるようですが、共に口にして楽しむのが食通というものでありませう。
 去年の夏ごろに一度コンビニ漫画として出版されているようなので、あるいはBOOKOFFで探すのが吉か?
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by rotarotajp | 2006-06-14 12:46 | 私事

危険地帯アマゾン

わたしはヒトラーただ一人の友人だった!とぶちあげたのは、確かアルベルト・シュペーアだったと思うが、その回顧録なぞとっくに絶版と思っていたら「第三帝国の神殿にて」という題で中公文庫から出ていることに気付いてしまった。悪魔はこうしたところから忍び寄る。そも始まりは水木しげる著の劇画「ヒットラー」であった。ヒトラーではなくヒットラーである。ヒットラーというと、どことなく禍々しさが漂う。流れ滑っていくようなヒトラーとは一味違うのである。その劇画を読んで、そもそもくすぶっていたヒトラー熱に再度火がついてしまった。そこでヒトラー関連本をアマゾンで検索しはじめると・・・・まず上述の「第三帝国の~」が出てきて、その他、DVDまで含めてぞろぞろと読みたい本&観たいDVDが・・・・一冊一冊はさほどでもないが、集合体となると、まさに塵も積もればマウンテン。カートの商品がずっしりと圧し掛かって来て押しつぶされそうである。実にアマゾンは危険な場所である。こちらの財布を食いちぎろうと、あの無害に見えるデザインのHPの下に金食性の猛魚がうようよと群れている。またそこを探検するのが、こちらにとっては無上の楽しみときてやがるから救われない。トコトコ御近所の本屋さんに出掛けて「欲しかった本がないや。ま、いいか」と諦めていた時代が懐かしいっす。・・・が、いくら懐かしくとも、あの時代に戻りたいとは思わない。黄金の80年代ポップスみたいなもんですね。あの頃のホワーンとエコーがきついファミコン・ポップスがもう一度流行りだしたら脳回路が故障します。でも懐かしい(;´Д`)ノあの頃はよかったなぁ・・・って18歳だから勿論よくは知らないんですがね。マドンナのライクアバージンとかリアルタイムで聞いてないですよ。マイケルジャクソンのスリラーとかもね。フットルース?しらないなぁ・・・
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by rotarotajp | 2006-06-14 00:58

トランプ

さて、本日はトランプについて調べる事があったので、その薀蓄をひとくさり。
トランプの原型が欧州に現れたのは14世紀の事らしい。その絵柄が誰それをイメージしたものだとか、ジョーカーとはなんぞや、という議論はひとまず置いておき、スペード、ハート、ダイヤ、クラブとは?という基本の所から。これがまた、色々と調べてみたつもりだけど、結局わからない。イタリア、フランス、イギリスへと伝わっていく過程で固定された図柄である事は間違いないようであります。まずスペード。英語でSpadeとはすなわち「鋤」のことであって、つまり農具です。そりゃ人にとって重要なものでもありましょうが、四大図柄に選ばれるほどではありますまい。調べてみれば、これはイタリア語のSpadaのことであって「剣」を意味するのだそうです。この辺は結構知っている人も多い事でしょう。さて、クラブ(Club)ですが、これは棍棒の意ではなく、もうちょっと洗練されたもの、すなわちイタリア語でいうBastone(職杖)が転化したものだという説があります。これは知りませんでした。ハートは一番異説が少なく、まず間違いなく心臓の意でありましょう。中世、心臓は人の魂が宿る場所とされておりましたから、まあ、生命を顕すものと思ってよいようです。(魂の方を強調して宗教という説もあり、転化して僧侶とするむきもある。階級になぞらえる説ではスペードが王侯騎士、ハートが僧侶、クラブが農民でダイヤが商人だが、元々は多々あったはずの図形から段々に収斂されていった過程を考えるなら、トランプの形が確定されてしばらくたってからのコジツケに思われる)心臓がただの「器官」となってしまうのはデカルト以後です。もっとも心臓から「魂の座」が失われて以後は「心喪失が早まった」とされ、宗教心なども萎んでいくわけで、人にとって良いことだったのかどうかは微妙なトコロです。で、最後にくるのがダイヤなわけです。これが一番わからない。文字の由来は四面体を表す言葉だそうですが、四大シンボルになぜ意味のない「図形」が入るのか??現在ではダイヤモンドなどからの連想で「富」と翻訳しますが、あるいは過去においてもそうだったのでしょうか?(その他、各スーツ・シンボルの意味については、出所のはっきりしない説が種々様々あります。RotaがとったのはRotaが一番妥当だと思った説、すなわちイタリア→イギリスに翻訳されていった言葉・図形の原型から類推するもの)ま、昔の人が適当につけたシンボルですからね。意味なんか全部あとからコジつけたものかもしれない。と、だんだん薀蓄が薀蓄でなくなってきましたので、この辺で〆。ああ、この世はわからないことだらけだ(;´Д`)
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by rotarotajp | 2006-06-12 14:53 | バロック

敬礼

 ナチス式敬礼と、Heilの一般的使われ方を調べておこうと、WIKIなどを見ていたら面白い事が書いてありました。
 右手を上げる「ナチス式敬礼」が日本につい最近(1990年代)まで現存していたというのです!
 あらビックリだわね、と読み進むと、国体・県体等の選手入場時、行進しながら一斉に右手を前に突き出して敬礼する習慣があったのだとか。さらには選手宣誓の時に、やはり宣誓者は右手を上げて敬礼したんだそうです。
「まじですか?」
 残念ながら拙者は中学高校と、あまり日本的でない学校に行っていたので(ついでに完全文系で体育会系とは接点がなかったので)そうした奇観を観る機会がありませんでしたが・・・見てみたかったですなぁ。
 こうした敬礼形式自体は、もともとドゥーチェがローマ共和国から引っ張ってきたもので、ローマ式などとも呼ばれます。過去のオリンピックでも似たような敬礼があったとされ、必ずしもNSDAPの専売特許ではないようです。
 もっとも、なぜ国内の体育系のイベントで右手をあげる敬礼が取り入れられているのか、その起源はよくわからないようでありまして、ベルリン・オリンピックの影響、という人もいるようです。もっと文献を漁れば、自明の解答があるのかもしれませんが、まあ、そこまで拘る事でもないので〆。
 しかし、このナチス式敬礼や、ガチョウ行進などが、ナチスが敵視した共産国家で生き延びたのは、これまた興味深い事ですね。旧ソ軍の行進もガチョウ歩きでしたし、北や中国も同様です。(腕の振りが微妙に違ったりはしますがネ)敬礼がそのまんまナチス式の場合もあります。
 そう考えると、日本に残った「ナチス式敬礼」も、あるいはナチスとの関連より共産国家の行事とより深く関連しているのかもしれません。
 ちなみにガチョウ行進は元はプロシア軍独自の習慣だったと聞いています。ソ連から留学した軍人がそれを故国に持ち帰り、そこからさらに中国や北に輸出されたのだとか。完成させるのは非常に難しいものだと、どこかで読んだ事があります。
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by rotarotajp | 2006-06-10 19:25 | 時事

ババリア

バイエルンの英語・ラテン語読みがババリアです。日本の場合、より一般的なのはバイエルンでしょうが、Rotaはどうしたわけでか、ババリアの方が耳に馴染んでいます。バイエルンというと、何か縁遠い地名、教科書的な地名になってしまうのですが、ババリアというと「うわっ」と言うほど付属イメージが湧き上がってくる。黒に銀の装飾をほどこした騎兵、黄金のライオン、そんなものです。一体いつこんなイメージが頭に入ったのか悩む事数分、おそらくは「むかし読んだ名作文学の類だろう」と結論づけました。昔、外国の地名は大抵英語読みか漢字読みでした。バイエルンと書くものは少なく、大方はバヴァリアかババリアだったと記憶しています。いつの段階からか、地名はその土地の呼び方で呼ぶようになり、今では例えばエベレストなぞもチベット読みで「チョモランマ」と表記する場合が多いようです。まるで別の場所に感じられるので止めて欲しいのですが、これも時代の流れ。しょーがありません。地名に限らず、名詞の音のイメージというのは、その他諸々の記憶とも結びついているので、それが変わってしまうと失われるものも多い。よく小説などで、長いカタカナの名前を持つ主人公の名を間違って憶え読んでいて、途中で気付いて「えええ?」と修正に時間がかかってしまう場合があります。大抵は修正せずに、間違った名前で読み通してしまいますがね(´Д`υ)・・っと、本日は音は大事なんだぞ、という小さな自己主張の日記でありました。ちゃんちゃん
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by rotarotajp | 2006-06-08 23:35 | バロック