日々是勉学


by rotarotajp
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<   2007年 07月 ( 10 )   > この月の画像一覧

うはぁぁぁ

自民大敗北。参院民主多数:衆院自民多数
どーなるんだろ?
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by rotarotajp | 2007-07-29 22:15 | 時事

ふぅむ

 そろそろ選挙も終わりです。
 今後三年~六年、立法府が機能するかしないかの瀬戸際ですが、少々絶望的に思えます。明日には早速株価がこの選挙の選択の意味を評価するでしょうが、まず自民敗北で株価減、と普通の予想以外には張り込む気がいたしません。
 もし自民大敗北、となると、これは民主党政権が誕生しない限り六~九年は立法と政治が停滞することになります。
 来年には北京オリンピック。中共は二桁成長を続けております。長くて十年、近ければ六年以内に大爆発が起こったって不思議はありません。ドイツはオリンピック後三年でポーランドに侵攻しています。
 そんな大事にはならないかもしれませんが、少なくとも世界経済を引っ張る原動力としての力は衰えていくでしょう。
 自民大勝が消え去った今、憲法改正はまた遠い夢・・・・
 小泉首相の奇術的大勝で、今回が絶好の機会だったんですけどねぇ。
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by rotarotajp | 2007-07-29 20:00 | 時事

猫は賢いのか?

 先日、「猫は魔性の~」という山川菊栄女史の覚書を投稿しましたが、ふと猫の知能に興味を持ったので一筆。

 猫は執念深いといいますが、これはどうも本当のようです。
 Norman MaierやTheodore C. Schneirla という方々の研究によると、犬が五分程度しか記憶を保てないのに対し猫は十六時間も記憶を保つのだそうです。(ただし犬は認識に携わるワーキング・メモリーの領域では猫を大きく上回る)

 一般に猫の知能は(多少サバを読んでやしないかとも思いますが)人の四歳児並ともいわれるそうで、+16時間持続メモリー同梱なわけですからバカにゃ出来ません。

 映像記憶能力に関してはサルと同等との事。猫の額の奥にある小さな脳は意外に高性能です。

 もっとも知能とか知性というものは、あくまで一部の基準であって、それが何を意味するかは人それぞれです。昔々は人間を系統毎に並べて、その知能を計るようなことも行われていましたが、今は「知能テスト」自体、主観的な操作なしにはあり得ないとする意見がほとんどでしょう。異なる文化圏の人間が異なる文化圏の人間が作成した「知能テスト」を受けて、よい点がとれるはずがありません。
(その能力を観察して植物が知能を持つとした学者もいましたね)

 猫の知能をはかるという行為は、このように、実際にはひどくおこがましいことなのですが・・・(本来は猫にとって知能とは何かという問題になるのでしょうか?)
 それと知りながら色々と調べてしまうのが人間のサガというものであります。

 ちなみに猫を可愛いと思うのは、その人の「母性本能が発達しているからだ」という説があります。
 猫の顔がかわいく見えるのは目が大きい等、人間の赤ん坊の特徴に類似する部分があるからで、唐突に話はかわりますが、ドラえもんを猫型ロボットと言い張るのはいかがなものかと思います。どーみても母性本能とは無縁。ボディの色とか青だし。

 無理に母性本能に絡めるわけではないのですが、猫は一日中ほとんど眠っている動物です。子供を持つ親なら元気な子供は嬉しいでしょうが、もう少しおとなしく、出来れば昼寝でもして「可愛い寝顔を見せてくれている間が一番ありがたい」と思う瞬間もあるでしょう。その点、猫は理想的なペットです。
 猫は12時間~16時間程度眠るといわれ、中には20時間ペースで睡眠をとるものもいるそうです。(多くの猫は明け方や夕方になると一時的(たいてい30分ほど)に活発な活動を開始し、暴れまわります)

 猫と人の関係は意外に長いようで、1983年、猫と一緒に葬られた人の遺骨が発掘されました。これは紀元前7500年のものと推定されています。

 そろそろ猫が人間の言葉を憶えてもおかしくあるまいなぁ、と思います。
 しかし喋りだしたら可愛くないだろうなぁ・・・
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by rotarotajp | 2007-07-25 17:05 | 私事

さぼり魔

 さぼりにさぼって、ずいぶんと間が空いてしまいました。
 しかし何か書こうにもネタがないのです。最近ここのネタになるような勉強も読書もしておりません。PCの前に座っても頭が真っ白です。

 無理にファウストのワルプルギスの夜の章なぞ読むと

 ファウスト:
 君、向こうに色蒼ざめた きれいな子が ひとりぼっちで立っているのが見えるだろう ひどくゆっくり動いているところを見ると 両脚を鎖で繋がれているのではないかな どうも己にはあの子が 可愛いグレートヒェンに 似ているように思えてならないのだが

 メフィスト・フェレス:
 放っておきなさいよ あんなのは気味が悪いばっかりだ 

 「そうだそうだ、そうだった」とニヤリ。
名作は一部分を読めばすべて思い出せるし、思い出してからそのまま読んでもそれなりにイケます。作品としてよく出来ているというより、これまでに何度も何度も読む機会があって、頭の中に轍のようなものが刻まれているんですね。

 名作といえば・・・

 山川菊栄は誰もが知る女権思想家ですが、戦後のなんちゃって左翼の人と違って著作には本当にホレボレするものがあります。(旦那の方が有名人ですが、長い目で見れば菊栄女史の方が人の記憶に残るでしょう)
 著作の「武家の女性」と「覚書幕末の水戸藩」はRotaの本棚では「名将言行録」と「葉隠」、村松剛の「血と砂と祈り」の隣にあるお気に入りスペースに収納されているのですが、あまり好きだという人を聞かないのは実に怪訝なことです。

 割とくだくだしい内容で、実はRotaも何度も読んだというわけではありません。一読後の感想が鮮烈だったので殿堂入りしています。お気に入りの本のうち何冊かは、そういうタイプの本です。「しんどいので二度は読めません」という本ですね(笑

 で、その「覚書幕末の水戸藩」を、のっそりと再読中。

 菊栄女史が共感を寄せる人物像はみな清い。
 猫を飼う赤貧の武家の老婆が、その猫を膝に乗せ「たまには魚などを食べてみたいねえ」とつぶやく。その猫が翌日立派な大鯛をくわえてくる。昔話だとここで喜ぶ筋ですが老婆は「猫は魔性のものだ」と自分の愚痴を後悔する。

 あらんかぎりを人に施して、学問を奨励した千石取りの御家老。ある時、うどんが食いたい。みなにも温かいうどんをふるまってやりたいと仰せになるのですが、家令は首を横に傾けて「今この屋敷には五十文もないのでそれは無理でございます」
 御家老は溜息を漏らして「皆と一緒に食べられないならわたしもいらない」

 菊栄女史、立派な人に心を寄せながら、しかし心の弱者に寄せる目もけっして残酷ではありません。少なくとも現代の基準からすれば残酷ではない。
 その辺を確認したい人は図書館なり書店なりで本を探してみてくださいね。
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by rotarotajp | 2007-07-23 06:54 | 私事

狼を治める

 法律関係者というものは太古の昔からロクデナシと相場が決まっておりました。

 例えばヒトラーは「あんな奴らも必要だからおいているが・・」と、官憲には冷淡でした。ナポレオンに仕えたフーシェなぞは悪人の代名詞です。絶対王政の時代には権力者の走狗。歴史に残る名法律家というのもあまり聞きません。(遠山の金さんかなぁ・・・汗)法律家というと、だいたいにおいて小心で教条的、四角四面な人物の印象があるのではないでしょうか?

 今でも国によっては嫌悪感の方が強いのが普通で、フランスなどでも警察の評判は軍隊並に悪い。

 庶民を管理するからかといえば、そうでもありません。庶民に権力を振るうのは権力者も同じで、こちらの方が過酷なはずですのに愛された人物は多い。

 思いますに、これは人間の美点が「創造」にあるのに対し、法官憲関係者の仕事がもっぱら、維持と保存にあるからではないでしょうか。

 Rotaもこれまで法に興味はありましたが、尊敬するほどの念はありませんでした。

 しかしながら、このところ何冊か法の本を読むうちに、時折、畏敬のようなものを感じるようになりました。

 人間の社会が、これほど曖昧なもので区切られている不思議。そして目は粗いにせよ、鉄の強さで人間の行為を束縛し、ホッブスがいうところの「万人は万人に対して狼である」という血腥い生物(人間)を、こんな、ただの言葉で治めているという不思議。

 ホッブスのリヴァイアサンの表紙画像がWikipediaにあって、ちょっと感動。
http://en.wikipedia.org/wiki/Leviathan_%28book%29
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by rotarotajp | 2007-07-15 19:32 | 時事

病葉

 クレッチマーはその著書の「天才の精神学」の中で「内的生命の高揚がありさえすれば、人はどんなに貧しい小都会にあっても、彼の感興をひく事物を至るところに発見するに違いない」といっています。イタリアからワイマールに帰って塞ぎこんだゲーテの不作時代を指しての言葉です。

 さて、ゲーテではありませんが、このところRotaは大いに不調であります。

 拙者はクレッチマーの論には少々懐疑的でありまして、近所の景色も多少は創作に影響しているのではないかと思っています。

 この辺は詩心とはまったく無縁の住宅地です。
 整然としていても美しくない。

 興が薄れた気分ほど味気ないものはありません。
 ふと好みの女の子を横目で見たときに、一瞬目の底に力が漲る。その程度の色気を「景色」にも持ってもらいたい。

 夏というのはその点で、どうにも息が詰まるような気がします。
 白くて影が薄くて、景色が残酷になります。
 
 そんな気分の時に、夏の基本季語の中に「病葉」(わくらば)というのがあって共感。

「青葉の繁茂した中に、たまたま蝕まれて変色した葉」(基本季語500選=学術文庫)

 作例としては虚子の「病葉や大地に何の病ある」があります。
 これは病葉を題材にしても力強い。

 ついでに「病葉」ではないけれど、夏になると思い出すのをもう一個、

「分け入っても分け入っても青い山」(山頭火)

 生命に抱かれるような、山道を踏みしだく足音が聞こえてくるような、いい句ですなぁ。
 こんな心境になってみたいもの。
 
 何事も修行なのでしょうか・・・
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by rotarotajp | 2007-07-12 21:29 | 私事

難問

「非理法権天」という言葉があります。
 楠木正成がその旗印に使ったとの説があって有名ですが、実際はもっと後世のものらしいといわれます。
 意味は「理は非に勝り、権は法に勝り、天は権に勝る」(非は理に劣り~)

 ★天(=運命)は権力者に勝る。

 どんな権力者も天の配剤には敗れ去ることがあります。
 例えば信長は本能寺で討たれ、足利義教は赤松家で暗殺の刃に斃れました。共に考えにくい、一時の油断で、両名が生きながらえたら日本の歴史はどうであったろうと、盛んにIFの日本史が語られたりもします。
 カエサルやグスタフ・アドルフ王等々、西洋史の中でも悲運に災いされた権力者は数知れません。

 ★権力者は法に勝る。

 例えば田中角栄氏は一時「法治国家」日本の僭主でありました。
 軍の協賛を得たクーデターが成功するのは、実際の「暴力=権」が理念に過ぎない「法=理」に勝っているからです。
 理の効果を大きく考えすぎる傾向にある人は、法が実際の行政(つまり権)に勝るかのような錯覚を起こしますが、それは間違いだと思います。
 当然のことですが、あらゆる行為は人間が行うのであって、文や理に過ぎない「法」が行うのではないからです。

 ★理は非に勝る。

 この言葉が最も現実的で、また不正確に思えます。
 「理=法」は力のない多数を律するためにつくられました。始皇帝が帝国を治める為に法家を重用した故事は誰でも知っています。
 「法は民の権利を守る為のもの」とする人が多数かもしれませんが、よく考えれば現代的な意味での法にしても三分割された絶対王権の一部でありまして、元々、有象無象の支配に貢献するものであったのは間違いがありません。

 法は強力なものです。
 しかしこれに服従する意思を持たない者には効果がありません。

 漢の祖は帝国の刑罰を恐れて治外の民となり、非の力を糾合して法の帝国を滅ぼしました。時に「非は天を越える力を持つ」といってよいのではないでしょうか?

 この力、すなわち「革命」です。

 「革命」は弾圧しなければ秩序がひっくり返ってしまいます。
 国家の秩序が崩れれば、無数の人が迷惑を被ります。財産を失う人、生命を失う人、様々でしょう。秩序だった平穏な生活が一気に崩れてしまうのですから。

 故に、こうした革命の弾圧は人道的で、時には正義でもあります。
 しかし常に人道的で正義であるとは誰にもいえません。どこかに一線があるはずで、それをわたくしたちは注意深く見つめなくてはいけないのです。

 漢の高祖は治外の民とならねば生きていけませんでした。
 都への労働者の移送に失敗したからです。秦の厳しい法は彼を社会の外へと追いやりました。

 アラバマ州のローザ・パークス女史は公営バスに乗って白人に席を譲らず、人種分離法違反で逮捕されて法律上犯罪者となりました。しかし後には公民権運動の母と讃えられます。
 一九四五年、インドネシアはオランダによる再植民地化(秩序の復帰)を拒んで蜂起し、オランダ軍に果敢な攻撃を仕掛けて、一九四九年、ついに一六世紀以来続いた欧州による構造的搾取の体制を打ち破りました。

 さても「秩序」とは難しいものです。

 もし貧しい路上に生まれた少女が、その日を生き延びるために高級ホテルの食堂から鶏の脚を盗んだとしたら、それは犯罪でしょうか?

 Rotaはこの少女の行動が理解できます。

 さて、しかし、では鶏の脚を盗むときに勢いあまって人を傷つけてしまったら?
 いやいや、捕まりそうになってホテルのガードマンを故意によらず殺してしまったら?
 食糧を手にしたい一心で故意に殺してしまったら?
 いっそ、これからも飢えずにすむように、高級ホテルで暮らす少数の人間を皆殺しにして、ホテルの食糧を根こそぎ持ち去ってしまったら?
 それによってホテルで住む人間の数倍の数の人間が生き延びられるのだとしたら?

 この少女は殺人鬼でしょうか?
 英雄でしょうか?

 いやぁ、難問です。
 どんな事情があるにせよ、レストランで食事を楽しんでる途中に殺されたくないというのがモチロンRotaの本心ですが・・・。
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by rotarotajp | 2007-07-08 08:13 | 時事

憲法はおもしろい

 憲法の解釈本などを読んでいて、つい笑ってしまうのは

「この言葉は英語の本文を読めばこういう意味なのだから~」とその出所となったGHQの文章やら合衆国の憲法やらが引き合いに出されること。

 日本語に訳されると意味不明な文言が、あるいは出所を知らねば意味の掴み取れない言葉が、「最高法規」日本国憲法には結構多いようである。

 例えば96条の憲法改正の第二項目。

憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する

「この憲法と一体を成すものとして」が、普通の日本語としては理解できないと思われる。中には一読たちまち理解する人もいるのであろうが、Rotaの日本語読解力では無理であった。

 これは「アメリカ憲法の修正条項と同じ形の「改正」を意識する文言なのだ」という意見がある。アメリカの憲法では修正条項が修正前の条項に勝る効力を持って書き足されていく。(それ故に、改正(修正)は現憲法と一体を成すものとして公布される)

 しかし日本国憲法の場合、このような理解だと占領憲法の原型がそのまま残ってしまって改正が改正にならない。
 文言の意味不明さや、その根底にある精神を変更することが出来ないと思われるからだ。

 どうせ改正するなら、すっきりと意味の通る日本語で、と考えるのは誰しも同じだろう。
 実際にこの件に関するアンケートなどがとられたことはないかもしれないが、占領軍が残していった改正以前の条項など「別段残したくはないなぁ」という人が大部分ではないだろうか?

 歴史としては結構でも、憲法という最高法規を判断するのに、いつまでも改正前の条項を参照し、GHQの日本占領に関する思惑を忖度し続けるというのは、占領の時代が風化しつつある現代では無理というもの。

 さて、しかし・・・・そうした点を避けるために改正の条項を改正するという作業を進めると、その作業自体パラドックスに陥ってしまう。法律博士などには別の言い分もあろうが、浅学の徒のRotaとしては現憲法はその製造時からバグを抱えたシステムだと断言せざるをえない。

 日本国はそのバグを「解釈」によって、なんとか回避している。
 その解釈も、解釈する人の政治的立場によって変わるのが現実だ。ある箇所では日本語としての意味を、ある箇所では「原典」である英訳の意味を主張する。

 いっそ日本国憲法は帝国憲法の要求する改正の条件を完全には満たさずに公布されたのだから、その成立時から無効であった、ということにしてみたらどうか?

(こうした日本国憲法不成立論は、これまた当然のように一大論争として厳に存在するものなのであります)

 日本国憲法は実に楽しい。
 これがよその国の憲法だったら、もっと楽しかっただろう。
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by rotarotajp | 2007-07-05 18:49 | 私事

偉大なる食の世界

最近このSupersizedMeals.comというHPを実に楽しく拝見する日々が続いている。

http://www.supersizedmeals.com/food/

実に偉大な、思想性に満ちた、想像力あふれるHPなのである。
登場する人々の顔を見よ!せちがらい、ひねた表情の人は一人もいない。みな善人の顔である。

http://image.blog.livedoor.jp/iceboy_kaz/imgs/3/e/3e753910.jpg

あ、顔うつってないなぁ・・・

http://www.supersizedmeals.com/food/GL_Gallery2/index.php?g2_view=core.ShowItem&g2_itemId=14976

あれ?まだうつってない。

http://flickr.com/photos/megadem/196338176/

ガっと行きたいですね、ガっと・・・
ああ、アメリカ行きたいなぁ・・・
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by rotarotajp | 2007-07-05 00:23 | 時事

121をもう一歩

 以前「広島平和文化センター、原爆投下を『日本の植民地支配から解放した』と肯定する」という投稿しましたが、なんとまぁ、閣僚が同じ主旨のことをおっしゃったらしい。(火消しに躍起のようですが・・・)
 防衛大臣は長崎の選出ですから、あるいは素で広島や長崎のコアな左派論者の流れをそのまま汲んでおられるのかもしれません。

 しかし、なぜにわざわざ参院選の前にこの発言が出るのでしょう?
「政権に傷をつけるための空発言だ」と思われても仕方がない。平成研のクーですかね?(笑)

 これまでもイラク戦や沖縄基地問題で独自の発言があり、特にチェイニー副大統領に袖にされた逸話は有名。安倍政権の閣僚の中では当選回数が多く、例の「起立しない、私語を続ける」問題では中心人物扱いされておられました。

 最後は政権を巻き込んでの自爆。
「大事な時期に安倍政権は閣僚に恵まれなかった」と後世いわれるでしょうね。

 さてさて・・・

 121決議案の件で投稿した責任上「慰安婦と戦場の性」秦郁彦著を購入。
 わかりやすく、文体も平易でお薦めです。読後感は読了後にまた書きたいと思いますが、何より女性を物として扱う時代の空気といったものが、現代の意識で読むと実におどろおどろしい。

 これが江戸の吉原とかなら、まだ時代小説掛かって救いがあるのですがね(T-T;;;;

 女性に根抵当的なものをつけ、親に追借させて縛っていく手段の惨さ。玉割の理不尽。「娘は売っても馬は売るな」。娘の身代金を一時の遊興に蕩尽する親。その貧困。
 一攫千金を夢見て、大陸の果てまで出向いて性を買う女衒、売り歩く売笑屋と日本女性。

 日本の責任論、狭義広義という部分を明確にする書物であると同時に、これは現代の曙における「女性の悲劇」の本です。

 軍隊と女性への暴行は現代でも時折問題になる部分ですが、特に外地では深刻化するようです。日本の場合も在日米軍がよくニュースになりますし、韓国軍の場合もベトナムで一番ひどかったと聞きます。一方、アメリカ軍や韓国軍の兵士が母国で事件を、というのはあまり聞きません。
 日本帝国は外地での合理的解決法として、またおそらくは占領政策の一環として国内の公娼制度を国外でも利用したわけですが、今になって振り返るとその合理性がかえっていけなかったのかもしれません。

 ナチのユダヤ人虐殺も、整然と善意(彼らが信じるところの)と法に基づいて行われたという部分が最も恐ろしいのです。あれがチンギス・ハンのように首塚を築いたというなら、まだ救いがあった。

 後で読了感を書くとかいって、こういうのもなんですが・・・・
 実質、「ホラー本」です。

「読まなきゃよかった」

 ああぁぁぁ、返本してぇぇぇぇ・・・
 2000円でおいしいものでも食った方がよかった・・・

 まだ途中ですが良書の臭いが濃厚ですので、この問題に興味がある方には一読をお薦めします。はい。(やや機械的口調で・・・
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by rotarotajp | 2007-07-01 20:25 | 時事