日々是勉学


by rotarotajp
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<   2007年 08月 ( 8 )   > この月の画像一覧

美しくない

 書いた時から「ちょっと予断がひどいかなぁ」と思っていましたが、今ちらっと読み返したらやはり筆が滑りまくってるので大修正。(ちゅーか削除)


 誰が指揮をとっているのか知らないが、どうも下品すぎる。もう少し品位ある攻撃はできないものか?
 横峰議員、姫井議員と醜聞が重なり出てくると、そう勘ぐってしまう。

 両方とも不満を持つ「捨てられ組」(時期がよくわからないのですが、選挙で身奇麗にするように指令が出たのではないかと・・・)が火元。どうも二人ともシロウトさん臭い。例の三本指の首相の時のようなプロ愛人の臭いがしない。

 だから誰かがお金を持って焚き付けに行ったのは間違いがないところだと思う。
 こうした暴露、ちょっと考えればいくら恨みに思ったところで、相手は議員。公にするなら弁護士もつけなくてはならないし、メディアと話をしなくてはならないしで、資金的にも、精神的にも、あるいは知識の上でも、傍で考えるほど簡単なことではないはずだ。

 まあ、意図ある攻撃でないにしても、不倫は一般に問題かもしれないが、あくまで私事。公人といえど人間なのだから、人間臭さがあって当たり前だ。聖人君子ばかりが国政を司っていたらそれこそ恐ろしい。

 横峰議員の方の「賭けゴルフ」も胸に手を当ててみれば、わが身に思い当たる節がまったくないという人は少ないだろう。だいたい政治家はよくゴルフをするようだが、結構「握って」やっているのではないだろうか?メディアにはその辺の所もしっかりと取材していただきたいものだ。もっとも賭博には刑事罰があるので、その辺、法の平等の建前からも、また一罰百戒の意味からも、認めた以上はしっかり責任はとらねばならんでしょう。5000円や1万円なぞ十数分でスッてしまえるパチンコが取締りを受けず、雀荘に手入れもなく、公営ギャンブルも花盛りとあって不満なのは理解できますがね。はい。

 参議院は242人。1人の比重が衆議院に比べて大きい。
 本筋から外れる話だが、先の参院選、本来は批判票を投じるべき選挙ではなかったはずだ。参院には解散がない。一度議員になれば六年間はそのままである。
 株に例えれば長く寝かせる株に投資すべき選挙であって、個別の問題の批判は衆院選挙で行うべきであったと思う。こちらは四年と任期も短いし解散もある。何より参院に優越しているから、特に予算において民意を反映しうる。参院に批判議員を入れたところで総選挙に至らなければ政局が長期にわたって停滞するだけだ。

 年金は何も今回の選挙で問題となるべきことではなかった。
 ずっと続いてきた問題だった。それを時宜を得て利用した民主が賢く、利用された有権者が「してやられた」というところではないかと、これは私見としてRotaはそう思っています。(この「政治屋」的遣り口に民主党の限界を見た気分ですがね)

 これだけ無駄な危険を背負って民主大勝、自民大敗を実現した今も、両者の境界は過半数の瀬戸際。最後の目として、参院の民主党員を1人でも2人でもつぶして、できれば自民寄りの議員を一本釣りして・・・という意気込みはわかるのですが・・・・それにしても汚い。
 目と精神の毒だから、せめてニュースにしないでもらいたいと思い願う今日この頃でした。


・・・・こういうのを陰謀説、歴史的な事件に関することになると陰謀史観などといいまして、ちょっと世間を斜めにみた珍説の類ですので本気にしてはいけません・・・・と、最後に自分で釘を刺しておこう・・・
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by rotarotajp | 2007-08-30 20:28 | 時事

Wikipedia Scannerの衝撃度

 Wikipedia Scannerですか。いやいや、今の今までこんなものがあるとは知りませんでした。ちと遅れてしまって残念。
 これはもうしばらくすると大火事に・・・おもしろ・・・いやいや・・・。
 ウィキペディアは誰もが編集に参加できるネット上の百科事典。ネットを利用する人なら、ほとんどの人が一度や二度はお世話になっているものと思われます。
 ウィキペディアの記事によると(笑)八月の十四日に公開されて以来、まあぞくぞくと・・・
日本政府関係者による関連記事の差替えも行われていたようですね。

とにかく面白いのでこちらを参照されたし↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia_Scanner
http://wiredvision.jp/news/200708/2007082122.html

「マイクロソフトの広告代理店がMSNはGoogleと並ぶ有力な検索エンジンと記述」
こんな書き込みは発覚すると恥ずかしいですな。↓
http://www.technobahn.com/cgi-bin/news/read2?f=200708200729&page=2


政治的な記事の争いは泥沼化していることが多いのでその辺でも冷や汗を書いている人が大勢いることでしょう。あと某国関連の投稿元なぞも見てみたいものですなぁ・・・起源説とかね(笑)・・・しかし・・・企業からの書き込みってセキュリティとかどーなってるんでしょうね??なんか別の仕組みでもあるのかしら・・・???
名前のあがっているところは今頃どこもパニック間違いなし
個人が一個一個のIPを調べるのとは違ったインパクトがあります。
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by rotarotajp | 2007-08-29 21:10 | 時事

人種分類

 何やらフランスで人種差別に関する報道番組に人気が集まっているらしい。
 特殊なメーキャップで白人一家を有色人に、有色人一家を白人に仕立てて反応を見るという、それこそエディ・マーフィのお笑いのような内容ながら、「特殊メーキャップ」の出来が素晴らしいとかで、日常のこまごまとした場所での「差別」「区別」が浮き彫りになり「目から鱗」なのだそうです。

 肌の色や人種・民族によって相手を「区別」するという人は、意識をしていなくても多いはず。皮肉なのは人種分類という考え方が啓蒙思想の時代、特にフランスを中心に発達したことで、現在の「事実」で社会を研究すれば当然に出てくる思想でありましょう。

 人種分類は「鶏が先か、卵が先か?」の典型的な問題です。アメリカの実際の例でいつか報道されていたことですが、詳細を検索できないので仮定の話で・・・。
 ある地域で有色人が麻薬を持つ確率が多く、白人のそれが皆無に近いとします。犯罪に手を染める人間も有色人に多い。警察は経験として、有色人に犯罪者が多いという「事実」に基づく情報を得ます。さて、治安が乱れると住人からは犯罪の撲滅、安定した社会に対する欲求が高まり、警察には実績が要求されます。
 簡単に実績を上げるには、有色人を狙い撃ちして「予防」をすればよい。
 さて、そうするといよいよ地域の有色人の評判は悪くなります。白人と同様の教育を受けても、この「評判」によって同等の就職が出来ない。収入を得るのが難しくなるわけです。貧困に陥る可能性が高くなる。彼らの子供たちは教育に充分な資金を得られず、全般に劣悪な環境で育つことになります。子供は幼い頃から犯罪に対する免疫が強くなります。
 結果としてピンポイントで有色人の犯罪者が増え、上の状態に戻るわけです。

 この負の連鎖を断ち切るには教育の質を上げるしかないといわれています。しかしながら、犯罪に傾く心を抑える万能薬は黄金の小判と、それに裏打ちされた自負心だけとあって、なかなか改革は進みません。

 ところで問題を含みながらも、人種分類的手法にまったく利益がないかというと、勿論そうではありません。(それが問題でもあるのです)例えば人種によってかかりやすい病気やその傾向が違い、医学においては当然のように「分類」されていますし、上記の例では犯罪検挙率があがって一時的に社会が安定します。社会学や政治学でみると、民族・文明と重なる為に、特定のグループの傾向を知るには都合が良い「枠組み」になります。これを無視するのは、以前の記事でも触れましたように、木を見て森を見ない行為です。

 ちなみに欧州発の白人優位の人種論は1000年近く猛威をふるいましたが、その原因については諸説あります。有力なのは東方の優れた文明(イスラム)に触れた反動であったとかですが、なぜここまで狂信的になったのかは謎といってよいでしょう。イエスは中東の人でしたが、多くの宗教画がイエスを白人金髪(栗色)に描いていますし、天使なぞは明らかに白人。果てはアフリカ系有色人であったに違いない聖アウグスティヌスなぞも白人に修正されています。ナチスの運動がヨーロッパ復興運動と呼ばれたのも、一部はこの流れに乗っています。

 ヒトラーは前線に出されたフランス・アルジェリア兵(ちなみにフランス白人兵はマジノ線に篭って豊富な食糧と慰安を与えられていた。真っ先に磨り潰されて戦死したのはアルジェリア兵だといわれている)による欧州の「黒化」を本気で恐れていたようです。

 フランスは冷戦を背景にした奇術によって第二次大戦の戦勝者の地位を手に入れましたが、ナチと一緒に敗戦したというのが実際のところで財布は(威信も)空っけつでした。植民地を絞りに絞って復興の資金を手にしたと非常に評判が悪い。
 ベトナム、アルジェ、チュニジアと、次々に「保護領」を失いましたが、ことにアフリカに関しては癒着がひどく、秘密警察の暗躍や虐殺で歴史に汚点を残しています。

 日本でも帝国主義の時代に朝鮮半島からの「強制徴用」(戦後すぐの調査では強制移入が約2万、出稼ぎが約200万程度あったといわれています。この200万の一部も総動員以降は自由が失われます)があり今も問題になっていますが、しかしながら少なくとも日本は敗戦後帰国事業を推進し、在留者には二世三世にも特権を付与し、国に対しては国家予算の数倍という巨額の賠償を行っています。朝鮮半島に残した日本の資産も回収しておりません。
 これに比べるとフランスの人種収奪は凄まじく、年月も長く、人をほとんど家畜化しておきながら、現地に資産もほとんど残さず、その補償、賠償、謝罪が行われた事などまるで聞いたこともないという、摩訶不思議な状態。しかも時期的には日本のそれよりも新しい。
 フランス人に「日本の戦後清算」などといわれると、日本人の口から「東洋的な」苦笑がもれるのはその為です。

・・・・主題から外れてしまいました。
 人種差別・人種分類は歴史が絡むこともあって、極めて難しい問題です。宗教が重なるところもある。現実的な利益・不利益が絡むのも大きい。

 ミクロの例では、犯罪の温床と知りながら取り締まらず、それで例えばわが子を失った両親などは熱烈な人種分類論者になるでしょう。マクロの例では植民地時代に定着した南北問題を解決するために生活水準を下げられたら、国民は政府を倒すでしょう。
 両者は実際には同根の問題、長い「鶏と卵」の循環の中で固着した貧富の差の問題なのです。

 結局、解決策は教育しかない。でも効果は薄いでしょう。人間は構造的不平等の定着を打ち破ろうと試みる強い生き物です。

 上で人種分類に基づく警察行動を行うと「一時的に社会が安定する」と書きましたが、「一時的」ではないその「最終解決」の方法はご存知の通りです。ナチや共産政権がこれを試みています。

 一言でいえばアウシュビッツです。

 教育かアウシュビッツ。
 60年代から連綿と続く日本の低劣な教育を考える時、背筋が寒くなるような話ではありませんか?
 
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by rotarotajp | 2007-08-27 19:50 | 時事

包囲網

 BBCは安倍首相のインド訪問をある意味での中共包囲網として捉えて報道しています。
 本来なら日本でこそ議論されるべき事柄でしょうが、どっこい「パール判事の長男と面会」ぐらいまでしか耳に残らぬ報道ばかり。
 国際問題や防衛問題に対するアレルギーがメディアにあるからでしょうかね??あるいは中共を仮想敵国視できないからでしょうか?あちらさまは堂々と日本を仮想敵国と看做しているようですが・・・
 確かに日本、台湾、インドネシア、インド(後方からオーストラリア、アメリカ)で中共を南からお椀のように抑える形が出来ます。でも北はがら空きですね。陸路ならモンゴル・ロシアを通じて何処にでも行けますし、無理をすればカシミール=パキスタンから中東を目指すことも出来る。(物資のことです)

 最近は中ロの連携も盛んで、きたる米国の民主政権との対決に向けて東側は準備万端のようです。が・・・意外に911以後の民主アメリカは誰にとっても怖い存在ではないかと思わないではないですが・・・・

 話は変わりますが以下の記事、これたぶん中共の国境警備隊がチベットの巡礼を撃ち殺していたYOUTUBEの映像の件だと思います。責任者の中将が引責引退だそうで・・・記事が朝日から出ているあたり、党のお上の御意向でしょうから、どうやらあれ本物だったみたいですね。
http://www.asahi.com/international/update/0807/TKY200708070419.html
 もっとも最近の朝日は立ち位置がよくわかりませんが・・・
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by rotarotajp | 2007-08-22 20:56 | 時事
 福田和也氏の「第二次世界大戦とは何だったのか」(ちくま文庫)を読了。
 新奇な意見が多く大変面白く読み進みましたが、何が何でも「通説は間違っとる!」という意気込みがあるのか、少々出来上がった「戦争卿」のイメージが「おかしかないかい?」と素朴に一考。
 ただ一点深く感じ入ったのはヒトラーに関する描写。
「私はこの世界が好きだ!」と言い切る、その楽天性、世界への肯定・・・云々の部分。
ヒトラーを「楽天家」と捉えた事は一度もなかったので、これには唸ってしまいました。
 そういわれてみると、確かにそうなのかもしれないと思えるところがスゴイ。もっともシニカルなスターリンも表現はせずとも「この世界が好き」と内心つぶやいていただろうとは思いますがね・・・

 福田氏にあやかってRotaも「戦争卿」の棚卸し。もっとも福田氏のようには出来ないので、絵的に表現する「なんちゃって」月旦ですが・・・(汗

 まずヒトラー氏。
 ヒトラー氏はこの時代の絵画の中央に位置する岩のような人だと思います。どこを切っても同じ素材で、同じ硬さで、一定の場所にずんっと突き刺さっています。単純の強みがあります。この人は政治を目指した時に自分は死人だと覚悟したのではないかと思います。生きた死人だからこそ、あれだけのことができたのではないでしょうか?Rotaがヒトラー氏を思い浮かべると修行僧のような姿になります。脂を抜いたサヴォナローナみたいなものかしらん・・

 スターリン氏もやはり岩ですが、その一部が肉に変化していて、血が流れ、腐り、蛆がわいています。新しい秩序(岩)に包まれた古代人(肉)です。毛沢東氏も同じ系列でしょうか。この人たちもやはり死を乗り越えながら、しかし地が出たとでもいうのか、燃え尽きた後に欲望が残った。アジア的文化なのでしょうかね?ヒトラー氏はモンクのようですが、こちらは太鼓腹の一家の主といったイメージ。新秩序の裏に古い家父長制の秩序が重なって、いかにも東方風。
 イメージでカテゴライズすると何故か西太后とか・・・家父長といいながら不思議と女性的になります。Rotaが女性に偏見を持ってるのかなぁ??

 刀を炎に入れて鍛えると、地鉄の性質が出てくるといいますが、ヒトラーとスターリン、毛沢東の違いは、結局、東西の人間性の在り方の違いではないかと思います。

 ムッソリーニ氏についてはRotaは山を想像します。見上げるような美しい山です。ところがこの山は霧が晴れると舞台の書割で、裏に回るとベニア板なんです。でも少し曇っている時などには本当に見事な景色を生みます。イタリアの英雄にはこういう印象を与える人が多いように思います。もっとも人は皆大なり小なりこうした部分があるのでしょうが、イタリアの人はその実践がドライなのでしょう。福田氏の御意見同様、戦争卿の中では一番知的な人に思えます。そんな経歴ではないのですがね??国の歴史の余慶でしょうか。

 東條氏については、福田氏も書いておられますが、上記の人々と比べるのは無理だろうと思います。もし比べるとしたら昭和天皇と東條氏のペアになってしまう。二人一組にすると、この時代が要請した独特のカリスマが見えてくるようです。
 冷静に観察するなら、当時の日本帝国は巨大な宗教国家ではなかったかとも思います。
 ヒトラー氏に心酔する人も彼の演説を聞くときには足を組んだり、煙草を吸ったりしておりました。日本ではまずあり得ないですね。東條首相の演説は他の「戦争卿」に比べるとマズイもいいとこですが、日本人が直立不動でその演説を聴いたのは、おそらく彼の背後に昭和天皇がおられたからです。
 わが祖父殿はある日映画鑑賞に行って、昭和天皇が出る場面で思わず立ち上がって直立不動の姿勢をとってしまったそうです。周りを見渡すと、自分と同じように立っている人が沢山いる。役者だと知りながら、その役者が昭和天皇のセリフを読むと涙が止まらなくなる。
 日本はそういう風だったそうです。

 ルーズベルト氏とチャーチル氏が一番絵にしにくい。
 二人とも現在につながっていますから、要するに現代の日本そのものです。上記の人々のような初期プロトタイプではなく、自分の獣道を切り開いた冒険家でもない。毛沢東氏のような成り上がりの倒錯とも無縁です。
 世界を征服した成熟した文明の末裔。残りの戦争卿の情熱が、彼らの前では哀れに思えます。高い鼻の脇から猿の芸を見下ろしている感じですかしら。それでもRotaはチャーチル氏の鬱を抱えた気難しさと、その真逆にある開放的で力強い演説が好きでならないのですが・・・
 彼らを絵にするとしたら、肖像そのままにしか描けない。

 人種戦争的側面については以前にも書いたので割愛。
「第二次世界大戦とは何だったのか」ちょっと暇なときにお薦めの本です。
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by rotarotajp | 2007-08-21 20:00 | 私事

無知のベール

と、いえばジョン・ロールズ。「最大多数の最大幸福」という多数の功利主義に対する疑問を投げかけた人であります( 概略はこちらをhttp://en.wikipedia.org/wiki/John_Rawls )著作のA Theory of Justiceは福祉国家のバイブル的書物と思われますが、Rotaが興味を持つのはこの人の思想ではありませんで・・・・実は思考実験としての「無知のベール」という言葉の響きが単に気に入っているだけです。
 内容よりも言葉の響きが大事な時があります。
 Rotaばかりでなく、多くの人が細かく正確な描写の言葉より、詩的で力強い言葉を好んでいるように思います。
 広告やプロパガンダは、こうした一般の習性を利用しています。
 言葉をはじめとする「表現」は、まず人の関心を惹きつけなくてはなりません。そこに技術があり、また個々の表現者の努力と工夫があるわけですが、いったんその主張が市民権を得て敵対する表現の規制がはじまると、フォアグラ用に飼育される鵞鳥のように、人は「正しい表現」のみを詰め込まれることになります。
 この「表現の無競争状態」が続くと、プロパガンダの質はあっという間に低下していきます。
 なぜこんなことを書いているかというと、敗戦の日の報道の低次元な戦争の扱いに不快感をおぼえたからです。
 何度も踏みしめた道なら確かに安全でしょうが、表現者としての冒険に欠けてはいないでしょうか?石橋を叩いているうちにテレビも映画も新聞も、表現者としての力を失いつつあるように思います。
 国民の大多数が憲法の改正を望むという現代、老衰しきったものではない、もう少し違った形の(それが反戦であれ、戦争賛美であれ)力強い表現があふれてもよいのではないでしょうか?

 オマケでもう一回ゲーテの格言を・・・

"誰でも話しているので、それでもう言葉について語る資格があるように思っている”(格言と反省)

 そうですか・・・・ごめんなさい・・・m(__)m

 これは今日の文には関係ないですが、たまたま目にとまったので↓
「誰一人知る人もない人ごみをかきわけていくほど痛切に孤独を感じる時はない」
・・・・今はほとんどの人にとって普通のことですな。満員電車なんかに乗っていると思いますです。ゲーテの時代から幾星霜、現代日本では小学生までが抑うつ状態にあるとかで・・・と書いていくとドンドン文が長くなるので今日の日記はここまで。
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by rotarotajp | 2007-08-16 21:08 | 時事

小池大臣の事件

 以前にも田中外相の時に同じようなことがありました。大臣と次官の対立。田中外相の時は役人を奴隷扱いしているだの、ダイヤモンドの指輪がどうしたのと報道が過熱して、醜聞じみた遣り口がいかにも不快でしたが、今度の防衛大臣の例も、携帯に出た出ないの次元にまで報道が成り下がってきています。
 田中外相などの例と違って今回の件が異例なのは、防衛省という準軍事組織の政治面での長が(事務次官は制服組と政治の橋渡しが役目なので、そも「軍隊」が存在しない日本で武官とはいえない存在ですが、旧軍を例に取れば意図されているその立ち位置は明らかだと思います)シビリアン・コントロールの要である防衛大臣に立ち向かって、しかもそれを公然とやったところにあるのではないでしょうか。
 次官の在任中には、イージスの件をはじめ重大な情報漏洩が相次いでいます。これまでその責任を取っていなかったらしいことも不可解といえば不可解です。
 国防の機密にかかわる事件を公開前提の法廷に持ち込むことは出来ませんし、特別裁判も憲法の制約上行えない為に、事件化を免れているようでありますが、よそさまでは同盟国を巻き込むこの種の機密漏洩は、国家を揺るがす大事件です。
 最後に一言。
 何より選挙で選ばれた議員によって選ばれた政権(回りくどいなぁ)の大臣に対する尊敬が欠けています。すべての大臣が尊敬できる大臣ではないでしょうが、その地位の象徴するところは国の主権を有する一億三千万人の国民と憲法と、法です。
 人が仰ぎ見るような立派な功績を残した方なのですから、日本の武官らしく、ひたすら黙して退任すべきだったのではと思います。
 もし本当に大臣の政策に問題があるというのなら、それはそれとして別に議論をすればよいことでしょう。制服の人の気持ちは忖度できませんが、あるいは苦笑いを浮かべているかもしれませんね。美しい日本の美しくない事件で記事を見るのも嫌です。バカバカしい。
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by rotarotajp | 2007-08-15 21:23 | 時事

格言

最近ざっと読んで面白かった新潮社のゲーテ格言集から・・・

★虹だって十五分も続いたら、人はもう見向かない 

 これはわかりますなぁ。実感があります。人は飽きっぽい。もちろんロタも飽きっぽいタチです。どんなにキレイなものを見ても、見てしまえば終わりです。色欲という言葉の本来の意味は「キレイな色を見て目を楽しませる欲」だったそうです。やがて女性にキレイな色の服を着せて飾ったところから性欲をあらわすようになったのだそうな。見た目の世界の限界は、なるほど十五分程度でしょう。

★寛大になるには年をとりさえすればよい。どんな過ちを見ても自分の犯しかねなかったものばかりだ。

 これについてはグイッチャルディーニのリコルディにあった「老人」を皮肉まじりに思い出しました。彼はこういっています。「わたしは老人の中に、すくなくとも彼らの大部分の中に、好色や残忍さや、しかもその他の悪徳が年と共に増大していくのをみる」

 ゲーテは年を重ねても脂の抜けたような人間にはなりませんでした。
 しかしながら彼なりの苦労はあったようで・・・

★年をとることは、何の秘術でもない 老年に堪えることは、秘術である

ふぅむ

★信用というものは妙なものだ。唯一人の言うことを聞くと間違っていたり、誤解していたりすることがある。多くの人のいうことを聞いてみても、やはり同じ事情にある。普通、大勢のいうことを聞くと、全く真相を聞きだすことが出来ない。

この事情は今も昔も一緒ですね。



で、最後にはこれ↓を・・・・

★ここでこれ以上骨を折っても無駄だ。薔薇ならば花咲くだろう

左様、育たない青い茎を眺めて「これは一体薔薇なのだろうか?それとも違うのだろうか?」と悩み続けるのは、確かに無駄なことです。もし薔薇ならば、咲くときが来たらきっと咲くのです。
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by rotarotajp | 2007-08-05 07:44 | 私事