日々是勉学


by rotarotajp
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<   2007年 10月 ( 8 )   > この月の画像一覧

学問のすすめ

 尾崎行雄氏は福沢諭吉氏に教えを乞いに行った時のことを自伝に書き残しているそうであります。(わき立つ民論:ちくま学芸)
 その時諭吉先生は鼻毛をむしりながら
「君はいったい誰に読ませるつもりで著述をしておるのかね?」
 尾崎氏答えて曰く「大方の識者にみせるためです」
 諭吉先生「馬鹿!猿にみせるつもりで書け。俺などはいつも猿にみせるつもりで書いているが、それで丁度いいのだ」と、いって、せせら笑ったそうです。
「人の上に人をつくらず」の先生の言としては、なかなか小学校などで紹介できるセリフではありませんが、憲政の神様、尾崎行雄、これを聞いて「実用的著述の極意」と大感心だったそうですから、人を喰うにも程があるという所でしょう。

 フランスの著述家A.トクヴィルは「アメリカの民主政治」(講談社学術)の中に、大衆は簡単だが間違ったことを好み、難しいが正しいものを忌避する、といったことを書いています。世紀のデマゴギー、アドルフ・ヒトラーはきわめて直裁に「大衆には重点を絞って、継続的に聞かせる必要がある」と、その大衆の目に触れることを前提にした大ベストセラー本「わが闘争」の中で述べています。(戦時宣伝の項)

(ヒトラーの宣伝は、彼が芸術家志望であった事と結びつけて考えられていますが、わが闘争の記述にもあるように、実際の彼は実利的で、宣伝は手段と割り切っていたようです。(宣伝は美学青年を満足させるためのものではない云々)東部戦線で、とある将軍が一部隊を登山に従事させ、その険しい山頂にハーケンクロイツの旗を掲げさせたと自慢気に語ったところ「イギリス人のようなことをするな」と兵士の命を軽んじた行為に立腹したそうです)

 レーガン氏やブッシュ・ジュニア氏が大統領になり、「コナン」や「ターミネーター」のアーノルド・シュワルツェネッガー氏が州知事になる。ある種の人々には冒涜以外の何モノでもないことかもしれません。
 テレビ討論でJFKに負けたニクソン氏は、次の選挙では陣営にTV関係者を迎え入れて万全の態勢を整えましたが「テレビのようなまやかしに頼るなんて」と愚痴をこぼすことしきりだったそうです。

「民衆はその意に反してこれを救ってやらねばならない」
 これはナポレオン一世の御言葉。

 薬害肝炎者のリスト。
 当時の政治家・行政官は、これを一般に知らしめれば、感情的、かつ激越な反応が起こって、行政、製薬会社の業務に支障アリと判断したのでしょう。感染の可能性のある人の数など、血液製剤を必要とする全体の患者の総数に比べれば微々たるもの。
「大衆はその辺のところがよくわからん。困ったものだ」と頭を掻く姿が想像できるようでありますが、何故か不愉快になるのはこちらが責任のない大衆の一人だからでしょう。無論、肝炎治療の機会を逃した人にとっては二つとない身体の事ですから、厚生省は100%役に立たなかったということになります。

 福沢諭吉先生の境地に達するのは実に難しい。
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by rotarotajp | 2007-10-28 16:52 | 時事

IQ?

James Dewey Watson博士のいわゆる「人種」発言に絡んで、その内容を調べようと検索していたら、ある掲示板で「人種ランキング」なるものを見つけました。
 で、そこでは一等人種から六等人種ぐらいまでに人間が分類されていて、日本人種?が五等あたりにランキングされています。笑っちゃうのは何を基準にしたランキングなのかは何も書いていなくて、人種の定義もない。ようするに1930年代の人種論プロパガンダをそのまま書いたような内容なのですが、たぶん中学生か高校生ぐらいの子の書き込みでしょう。それに同年輩ぐらいのまじめな子が必死で反論している。
「なんで先進国の日本が後進国の○○に負けているんだ!」とか。そうした考え方自体人種論的になっていることに気付いていない御様子。贔屓の引き倒しで、こうした論法ではこの子が人種差別主義者的ですね(^-^;
「いやいや、これはきっとお茶をいれる速度が速い人種?の順番なのだよ」とか「ナチの妄想」とかいってあげたいのですが、こんな命題に関して書き込むのもはばかられるので、遠く離れちゃおりますが、自分の領土内でボソッと指摘しておこうかな・・・と(笑

 で、ノーベル賞受賞者、James Dewey Watson博士の発言の内容。

 「geographically separated in their evolution」進化の過程で地理的に隔てられた集団、とでもいいますか・・・の知的能力「the intellectual capacities」が「evolved identically」同等に進化するという確かな証拠はない。

が、核心部分でありましょうか。(詳しくは下部リンクからどうぞ)

 どういう文脈上の言葉かというと「アフリカに対する援助について」とありまして、要するに彼らが知的に劣っているといいたいようです↓

"all our social policies(←アフリカ援助の) are based on the fact that their(←アフリカの人々) intelligence is the same as ours whereas all the testing says not really."

 こうした禁忌にあえて触れてまで仮説をたてようとする姿勢は勇気があるというのか、社会道徳に欠けるというのか、何よりも「証明はどうなっている」という問題なのか、色々とありすぎて判断に苦しみますが、きっと御本人はthe intellectual capacitiesの欠如に悩んだことなどないのでしょうから、まあ羨ましいと思わないではありません(笑


 知的能力の意味、人種、遺伝子、民族の問題はそれこそ巨大な宗教のように濁った壁を人の周りに巡らしています。果たして遠い将来にでも「白人」の知的能力の生物学的基礎が「黒人」のそれに劣るという「科学的」研究結果が出たとしたら、その時にもJames Dewey Watson博士は忸怩たる思いなく「人は平等だと思いたいところだが、白人従業員を雇った経営者はそうでないことに気付く」(元の文は"people who have to deal with black employees find this(彼が抱く人が平等であるという希望:His hope is that everyone is equal) not true.")と、いえるかは疑問だと思います。(いや、この博士は平気なのかもしれないなぁ)

 生物学的差異より個々の差異の振幅の方が大きいであろう事は実感として全ての人が持っていることでしょうから、実際に問題となるのは博士の考え方をマスに(つまり社会に)当てはめた時でありましょう。(それにしても博士の「黒人」「白人」ってカテゴライズは大雑把過ぎるように思えてなりませんが)

 社会の捉え方として簡単に言えば「常にあらゆる文化は人間に依存しているのであって、その逆ではないこと、それゆえ一定の文化を保存するためには、それを創造した人間が維持されなくてはならない」と、いうものと「社会が人間をつくる」というものがあるのだとRotaは理解しております。
 鶏でなければ卵は産めぬ、いや、まず卵があるから鶏が産まれるのだ!と現代の知性が議論を繰り広げる面白さはさておくとして、前者はとっても有名な本からの引用。原題をMeinKampfというのであります。

 科学的にはいざ知らず、また炉はそれを判断しうる程の生物学的素養も持っているとはいえませんが、こうした議論が政治的には核爆弾になり得る事はわかります。きっと博士は科学と政治のあり方について、博士なりのやり方で挑発しているのでしょうね。

http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/books/article2630748.ece
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by rotarotajp | 2007-10-23 22:08 | 時事

大戦 TheGreatWar

「八月の砲声」(TheGunsOfAugust)バーバラWタックマン(ちくま学芸文庫)上下
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Guns_of_August
の、下の途中まで読みました。視座が少々変な所にあって面白いですね。第一次世界大戦ものといえば「サラエボの銃声」「黒い手」から始まるのが一般的でしょうが、本書では英国王エドワード七世の葬礼から始まります。帝国主義の君主たちが集う美しく陰鬱な一幕です。
 サラエボの暗殺劇は僅か半ページ。
 戦争準備によってほとんど機械的に開戦となったのだという著者の歴史観を際立たせる為の構成と思われます。

 本書は全般にドイツに厳しく、連合国、特にフランスに対する視線が柔らかいようにも感じました。(途中意図してかせずしてか、あるいは翻訳上の言葉の綾か「反動」というイデオロジックな言葉が出ていて、興醒めしました。こうした書物で絶対に使ってはならない種類の言葉で、もし翻訳上のミスなら、残念ながら本書の価値を大いに削いでいると思います)

 中立国ベルギーのアルベール国王は大方の予想を裏切ってドイツ軍を迎撃。ドイツ軍は意外な抵抗を受けて暫時停滞。やがてドイツ軍による一般市民の無差別処刑へと事態は発展します。

 ヒトラーのドイツも同じ右回りの作戦を取りましたが、低地地帯の争奪は太陽王以前の時代からの伝統。グーグルアースなどでぼんやり眺めるとドイツからパリに向かう直線をベルギーがドンっと塞いでいる。しかもベルギー南端からアルザスまでフランスの要塞線が築かれているとあっては、まあ、ドイツの立場に立てば先手を打ってベルギーに侵攻したくなるのもわかるような気がします。「中立」というのはあくまで抽象的な概念に過ぎません。例えば日本はソ連と不可侵条約を結びましたが、結局45年になって攻められています。こうしたソフトなものはそれを保障しうる軍事力があってこそのことで、生命を預けられるようなものではありません。あらゆる国際条約は互恵の関係でなければ成り立たないのだろうと思います。このベルギーの「中立」に関しては、現代の日本などを連想しつつ、特にそのことを強く思います。ドイツとしてはドイツが不利になったところで中立国ベルギーがフランスやイギリスの軍隊を引き入れたなら、逆に自分が包囲されることになります。著者は先制してベルギーに侵攻したドイツ幕僚団の判断を責めますが、炉は見当違いの意見だと思いました。

 さて・・・
 下巻「ルーヴァンの火焔」は本書中でも最も印象に残る一章ではないかと思います。詳細はぜひ本書を購入して御確認ください。色々と不満はありますが名著には違いないので、決して損はいたしませぬ。

 「すべての戦争の母」「大いなる戦争」世界大戦。地表の殆どを制覇した欧州の内戦、植民地を巻き込んで、あらゆる国、民族?が影響を蒙りました。第二次大戦は第一次大戦の尻尾といってもいいほどです。
 感傷的で、繊細で、戦争の描写が投やりで、上品な嘲笑のようにも思える本書。しかし最近読んだ本の中では白眉でした。
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by rotarotajp | 2007-10-22 21:34 | バロック
 中共国内でインターネットを利用すると「金盾」(The Golden Shield Project 金盾工程)という検閲システムに引っ掛かる危険性があるのだそうです。そういうシステムが中共にあるというのは、つとに有名なことでありまして、かつて北京のネットカフェで試みに危険ワードと思われるものを打ち込んだらすぐに警察が来たという笑い話のようなものも聞いたことがあります。十億の人民の中にはこのシステムの裏をかいて外部の情報に接する人もあるようですが、大部分の人は制約を課されている。

 要は中共に思想の自由はないのだということを、まずここで明らかにしておきたいのです。それというのも、かの国には日本人が日本国内で享受しているような「人権」はない、ということを、どうもまったく考えていない人がいるのではないかとRotaは思うのです。

 本日ニュース放送を片耳でボンヤリと聞いておりましたら「ダライ・ラマ14世とアメリカ大統領が揃って公の場に」という言葉が聞こえました。そのまま耳を澄ませていると「中国の抗議にもかかわらず」「挑発的」「前に進み始めた六カ国会議の進展を阻む」と、いかにも米大統領が判断を誤ったかのような言葉が続いて「えっ?」と、その言葉の選択に唖然としました。確認してみましたら、いつの間にかチャンネルが普段とは別の放送局に合わさっていたんですね。いゃ、びっくりしました。

 人権問題について亡命チベット政権の言い分ばかりでは片手落ちでしょうが、否定するだけで格別に対処策や事実開示を中共政府が行っている気配もないので、とりあえずはこちら↓
http://www.tibethouse.jp/human_rights/index.html

 一般に戦中の日本のアジア進出を批判するのなら、中共のチベット併呑は時代が下っているということ、また戦争状態でないにもかかわらず様々な人権侵害が発生しているらしいことを加味すれば遥かに悪質なはずです。ところがそこに二重基準を設けているメディアが多いのではないかと思います(もちろん日本のことです)。そうした矛盾を情報の発信に携わる人たちがどう理解しているのかよくわからないのですが、今回、Rotaはアメリカ大統領と議会がダライ・ラマを顕彰したことについて「アメリカはわけのわからんことをするが、しかしまさしく正義とは力あってのことだなぁ」という、素朴な感想を抱いたのでありました。

 中共の人たちはダライ・ラマがアメリカ議会でメダルを受けたということを教えて貰えるのでしょうか?・・・・・きっと隠しようがないですね (´Д`υ) 
 技術の進歩にもよるでしょうが、アメリカや日本でもネットが規制されていきそうな気はしますなぁ。今が一番自由な時かもしれません。
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by rotarotajp | 2007-10-18 21:18 | 時事

 実はここを読んでいて
http://www.iijnet.or.jp/NORI/documentary/hiwa.html
 黒澤監督が撮りたかった「シャシン」について考えました。「子孫が迷惑するかもしれない」テーマとはいったい何か?
 炉は一つしか思いつきません。
 上のページの筆者と同意見かどうかわかりませんが、日本最大のタブーといえば皇室関連の他ないでしょう。特にこの世代の方だったら「昭和天皇」に一票です。皇室は日本に存在する、おそらく最大かつ唯一のタブー。
 間違いなく消費者の興味を惹くはずですが、興行者が絶対に触れてはならない、表現者にとってはブラックボックスも同然の部分。黒澤監督が撮る「昭和天皇」・・・炉の思い込みかもしれませんが(´Д`υ))観てみたいなぁ・・・あと太平洋戦争モノもぜひ・・・例の「トラトラトラ」完全日本版黒澤篇とか・・・(「昭和天皇」の映画は外国ではあるようですね。不勉強で観ていませんが「太陽」という邦題で公開もされたそうです。観ていないので評価は保留・・・しますです。
http://www.youtube.com/watch?v=uXedhmfVln4
http://www.youtube.com/watch?v=NiILmcUL_ZA
戦後すぐ、まだ占領されていた時や、いつGHQが戻ってくるかわからん時には国産のものもあったかもです)

 さて、上記の「制作秘話」はもっぱらお金の苦労を物語るものですが、日本映画界最大の監督である「ザ・黒澤」にしてこうだったのか、と少々唖然とするものがあります。しかも映画の題材は悲劇とはいえ黒澤監督のイメージに合う時代劇モノ。制作費二十数億円の超大作(ちなみに観客の総数が多い英語の映画だと、マントと青シャツを着た変なおじさんが空を飛ぶような映画に制作費が二億ドルとか三億ドルとかいいます)といわれましたが、世界で上映できる監督の映画に、このぐらいのお金を出そうという環境が整わないのだから、そりゃ日本映画界は厳しい世界なのだろうと納得しました。
 乱の製作時期といえば、結構日本も景気のいい時代ではなかったかと思うのですが、そんな時に一個のビルを建てるより、黒澤監督に映画を一本撮って貰った方が「どれだけ日本の財産になったか」と思わないではありません。
 実際、「七人の侍」や「乱」で日本はずいぶん得をしていると思います。黒澤監督に限らず、例えば三島由紀夫さんとか、村上龍さん(炉は実は読んだことないんですが・・・)宮崎駿監督、こうした人の発表したものが日本のイメージ向上に果たしている度合いというのは、ソニーやホンダ、トヨタといった日本の一流企業のネームに勝るとも劣らないものがあると炉は思うのです。
 
 芸術は社会の成熟と密接な関係を持つといわれます。また古くから国家の外観を整えるものとしても捉えられてきました。諸外国には国家が芸術に莫大な援助金を投下する例もあります。フランスでは過去の芸術家の作品が「観光」という形で国家に利益をもたらしている関係上、かなり本腰を入れた振興政策が採られていると聞きます。アメリカでも芸術振興は重要なテーマでありまして、時に深刻な政治問題としても扱われます。
 お金にならない馬糞同然のものに資金を注入するわけですから、政治問題化しやすいのは確かです。芸術家個人にお金を配るのか、はたまた美術館や画商に任せるのか、誰が援助の基準を定めるのか等々、公的支援の具体的方法にも議論百出が現状でしょう。(日本でそんな議論が白熱したとか、選挙の公約になったとかいう話は炉は聞いたことがありませぬ)
 要するに「これからの価値」を「これまでの価値」で判断するのが不可能であるからこその難しさです。いつだったかアメリカで「自分の尿にひたしたイエスの磔刑像」を撮った写真作家が公的支援を受けていたとかで、問題になったと記憶しています。

 話を元に戻しますが、黒澤監督の映画はそれほど先鋭的なわけではない。「乱」の頃には「権威」もある。興行成績もそれなりに見込める作品です。
 その監督の映画にさえお金が集まらなかったというのは、畢竟、日本の芸術、文化に対する無関心をあらわすものだと思います。もしそうでないなら、社会のシステム、お金の流れの構造のどこかに欠陥があるのではないでしょうか?
 こと映画というモノに限るなら、ハリウッドにしても韓流映画にしても、国家の助成なしには成立し得なかったものです。
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by rotarotajp | 2007-10-15 20:06 | 私事

Triumph des Willens

Leni Riefenstahl - Triumph des Willens 1934 Nurnberg

 YOUTUBEにあがってました。繋ぎ部分の前後がけっこう大胆にカットされていますが、それでも充分観る価値はあると思います。完全版が観たいという方は輸入版DVDを手に入れるしかありません。日本国内では販売されていないからです。

 追記:アップされているのがリマスター版だとすると著作権的に問題があるのですぐに消えるかもしれません・・・・

 追記2:子供さんには鑑賞をお勧めしません。それなりにナチズムについて知識があり、ホロコーストやWW2の経緯を知った人でも惑わされる可能性のある映画だと思います。

 言わずもがなのことですが「意思の勝利」はレニ・リーフェンシュタールがヒトラーの依頼を受けて撮ったニュルンベルグ、第六回党大会のドキュメンタリー映画です。

 実際には編集でかなりの部分が組み替えられており、大会の流れを時系列に沿ってそのまま追ったものではありません。それ故、高度に政治的な映画といわれています。

 党の記録映画でありながら、ヒトラー一人が巨人として扱われていることから、当時党の幹部には不評で、自分が映っていない、映っていても時間が短すぎる等、レニやヒトラーにずいぶん苦情が寄せられたそうです。
 殊にゲッベルスは自分の扱うべき分野を侵されて不快だったのでしょう。撮影中、部下に撮影作業を妨害させたといわれています。しかし出来上がった映画を観て、結局は彼もこの映画の価値を認めざるを得ませんでした。



第一篇
http://www.youtube.com/watch?v=aKlczqbfQTs

 製作準備の段階では政権を取るまでのNSDAPの歩みが撮られる予定だったそうですが、結局その部分は割愛されます。
 有名な「雲の上」のシーン。ヒトラーは選挙を戦うにあたって飛行機を多用した初めての政治家だったといわれています。専用機から降り立ったヒトラーは群集の歓呼に迎えられます。「ドイツの都市の中でもっともドイツ的」といわれたニュルンベルグの旧市街を一行の車列が走ります。ニュルンベルグ市は以前からNSDAPに同情的で、当地の警察も党の脱法行為を大目に見る傾向がありました。ニュルンベルグが党大会の地に選ばれたのはそのような理由があったからだといわれています。

第二編
http://www.youtube.com/watch?v=NnW-UWzJ014
 時系列的にはおかしいのですが、ヒトラーの泊まったドイッチャーホフ・ホテル前のかがり火行進と軍楽隊の演奏です。SAの粛清を終えたヒトラーは、この頃軍部との和解を進めていました。

第三篇
http://www.youtube.com/watch?v=t7kawnNPCOY
 朝の風景。カイザーブルグ城が見えます。(訂正:軍じゃなくてSAです)とユーゲントの無邪気な朝食の風景が描かれます。敗戦と不況で、飢えと精神の荒廃に長く苦しんだ国民にはドイツ復興のシンボル的シーンに見えたことでしょう。地元の農民が民族衣装をまとって表敬に訪れます。ヒトラーは特に女性に強く支持されました。

第四編
http://www.youtube.com/watch?v=vZgxLi1ZR6U
★党開会式
 ヘスが立って、まず死去したヒンデンブルグ将軍を称え、そしてヒトラーに呼びかけます。(ちょっと音声がズレてますね)最後に「ジーク・ハイル」を三唱して壇を降ります。ヘスに続いて党の大物が次々とスピーチしますが、映画の中でも一番美しくない部分です(笑 この開会式でヒトラーはスピーチをしませんでした。

第五編
http://www.youtube.com/watch?v=oX5V8nEdTUU
★国家労働奉仕団
 ドイツの統一を演出する。ところでこの部分を見ると、共産主義と国家社会主義が双子の関係にあることがよく理解できると思います。ナチズムの原型は共産運動から飛び出したムッソリーニのファシズム。似ているのは当然なのですが、その民族主義的装いに惑わされて、うっかりすると見過ごしてしまいます。続いてSAの大会。SA幕僚長ルッツェは「長いナイフの夜」にレーム隊長を売ってその地位を得たとされています。事件からまだ二ヶ月あまりのこの時点で隊の指導者であったレームを殺されたSAがどう反応するかはまだ不透明で、一見和気藹々のようですが、ヒトラーもルッツェもそうとうにSA部隊の動きを警戒していました。

第六篇
http://www.youtube.com/watch?v=ofiBKRUyzNU
★ヒトラー・ユーゲントの大会
 ヒトラーはユーゲント(若者)の大会に懐疑的でしたが、指導者のシーラハが相当な人数を集めて見せると約束したので、この集会を許しました。ミュンヘン一揆以降、党活動が禁止されていた時期に、もっとも熱心に党の宣伝活動に貢献したのはユーゲント部隊です。ここでのヒトラーの演説は手馴れていて力があります。

第七篇
http://www.youtube.com/watch?v=D_SF9sOAtss
★軍の演習
 党の映画なので国軍の映像はきわめて短く、おざなりです。軍の抗議があって、リーフェシュタールは翌年撮りためたカットで陸軍演習の部分だけの短編を別に作る羽目になりましたが、そちらはお世辞にも出来がいいとはいえません。
党指導者の大会
 党指導者の大会。ヒトラーの演説。

第八篇
http://www.youtube.com/watch?v=3z-bYw2L6Eo
★SAとSSの大会
 この映画で最も優れた一場面といわれています。多くの映画で模倣されましたし、よくナチのパロディー映画などでも使われるようです。大戦の戦死者に敬礼を終えた三人の指導者、ヒトラー、ヒムラー、ルッツェが静かに中央を進みます。その様を見守る15万の隊員。中央に掲げられた三本の党旗の左の一本にレニ・リーフェンシュタールの撮影用の籠が吊り下げられていて、これが時折動いているのが認められます。
 ヒトラーはルッツェの忠誠宣言を受けて、先の「長いナイフの夜」を言葉を濁しながらも、一部の犯罪者が起こした騒乱として片付け、SA隊員を免罪します。さすがのヒトラーも自らが裏切った組織の前に出るのは怖かったようで、この演説の最中、自身の暗殺を恐れていたといわれています。

★血染めの隊旗
 NSDAPの党旗は全て「血染めの隊旗」と特別な関係を持っていました。ヒトラーが媒介となって血染めの隊旗を握り、新しく授与される党旗に触れることでその絆をつくったのです。旗にはミュンヘン一揆で倒れた人の血痕が残っていました。ちなみにこの旗を掲げているチョビヒゲはミュンヘンの時に旗を掲げていた人で、後の方の映像を見てもわかりますように(もしかしたらカットされているかも・・・)、旗を掲げるのはこの人の特権でした。

第九編
http://www.youtube.com/watch?v=8tNS6kxiGxI
★閲兵行進
 半ズボンに白いゲートルはオーストリアのSA隊員です。ほんの少し前にウィーンで国家主義者による叛乱がおき、オーストリア首相が暗殺されるという椿事が起きています。まだ戦争準備の整っていなかったヒトラーには青天の霹靂でした。
 SAの制服を着たゲーリングも見えます。
 留意すべきなのは、これすべて制服マニアの集まりのようなもので、決して正式な軍隊ではなかったということです。NSDAPは徹底して軍隊を模した組織でありました。
 最後に現れるグース・ステップのひときわ力強い部隊が親衛隊・・って・・・意図的なのかどうか・・・親衛隊の部分が切れちゃってますね。残念。

第十編
http://www.youtube.com/watch?v=cOTXCHPJViI
★閉会式
 党幹部の入場とヒトラーの演説。ヒトラーは恍惚とした表情で聴衆に語り掛けます。前世紀最大のデマゴーグ、アドルフ・ヒトラーの真骨頂です。
 かつてはウィーンの福祉施設に寝泊りした孤独な浮浪者、ヒトラーの最良の時であったでしょう。
 最後にヘスが立って、総統に敬礼をささげます。(ここはカットされています)「党はヒトラーである!ドイツがヒトラーであるように!ヒトラー!勝利万歳!勝利万歳!勝利万歳!」
 どうしてもその場面が見たい方はこちらを↓
http://www.youtube.com/watch?v=-weZpKKPaVk


 映画はパリで金賞、ヴェネチア映画祭で最優秀を獲得しましたが、戦後はもちろん抹殺される運命にありました。ナチズムの美化に貢献したレニ・リーフェンシュタールは当然、強い批判を受けます。リーフェンシュタールは政治に興味はなかったと弁明していますが、国軍と党の和解等、演説の中でももっとも重要なメッセージを選んで映像にしている点、またSS、SAの確執や、SAの不穏な様子を強く打ち消す演出を交えた点などを考えると、言葉に説得力がありません。

 この映画を観て「いいなぁ」と思った貴方は「ライフ・イズ・ビューティフル」あたりを観て解毒しておいてください。


オマケ:ベルリン・オリンピック当時(1936)のベルリンのカラー映像
http://www.youtube.com/watch?v=vwO30VlJscY
当時の日本の様子を考えると笑っちゃうような大都会ですね。日本の陸軍が地方都市では「馬の蹄が痛むから道路を舗装するな!」とかいってた時代です。

参考:1945年敗戦以降のベルリン
http://www.youtube.com/watch?v=QZsIW40XzGM


参考:1935東京 炉が日本人だからかもしれませんが、綺麗ですねぇ。ただし農村部は疲弊の極みにありました。この翌年1936年、1500名の兵士らが雪の東京を一時的に制圧します。226事件。
http://www.youtube.com/watch?v=azcJCLrwU74

オマケ:
プロパガンダ・アニメ
http://www.youtube.com/watch?v=Hv-cGu2ft0w
http://www.youtube.com/watch?v=AOkzahUbiJk
今の日本と北鮮アニメぐらいの差があります。
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by rotarotajp | 2007-10-07 16:56 | 私事

歴史は繰り返す

 今日はじめて知りましたが朝日と産経、コラム欄で文通していたのですね。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/071003/edc0710030254001-n1.htm
朝日のコラムはネット上にあるか確認できないので(紙媒体の方ではありますが)略。

 11万人が4万人だろうと、あまり本質には関係がないと思われますが、こういう問題で衝突するのは、この件の本題である所の「歴史を明らかにする」上でも望ましいことだと思いますのでドンドンやっていただきたいものです。

 しかしテレビで報道されていたあの沖縄の集会、若い学生に叫ばせるのだけはやめた方がいいと思うのですがね。伝聞だから説得力に欠けますし、若い人に憎しみを植えつけている印象が強く残ります。冷静に訴えた方がずっと好感をもって受け入れられるだろうなぁ、と愚考。もっとも沖縄在住者じゃないので、沖縄県内ではああしたやり方が訴求力を持っているのかもしれません・・・

 さてさて・・・・で、何が気に入らないって、唐突に内閣が検定内容について再考するかのような発言をしたこと。今現在の時点では、こちらの方がずっと問題だと思います。こうした問題には過去数例に遡って極端にうるさいはずの朝日が完黙状態なのは解せません。
 政治介入、時と場合によっては有益。という立場なのでしょうか?

 産経も朝日も好きなところと嫌いなところがあるので、両紙斜め方面から眺めていますが、一応一言。世上批判が多い「アベしちゃおうかな」(by朝日新聞)なんてセリフは、炉も確かに聞いたことがないのでありマス。

 産経のコラムで大事なところは、この四段目だと思います。
 戦中、戦後(占領軍)のプロパガンダを排し、歴史の真実を可能な間に掘り起こし、もって真の悲劇の形をありのままに保存記録する。その歴史を今後の教材とする。教材に間違いや思想的誘導があるとしたなら(そしてそれは現状では当然にあると考えるべきなのですが)長い目で見れば害をもたらすのは間違いのないところでありましょう。

 歴史は繰り返す、という思想を持ったのはトゥキディデス。彼は「繰り返す」歴史を書き残し、後世の資とすべく努力しました。二千数百年を隔て今に生きるわたくしたちが、彼の熱意に学ぶべきところは多いでしょう。・・・と最後はアサヒ名物説教調で(笑
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by rotarotajp | 2007-10-03 19:53 | 時事

第一の騎士

 ビルマの例を見ていると、いかにネット社会の中で「社会」をまとめあげるのが大変かがよくわかります。武力でメディアを統制しようと、記者の活動を抑え込もうと、通信の根幹部分を遮断しないかぎり、個々が発信するネットを通じて国家の解体が進んでいくのです。
 ある意味では恐ろしく、ある意味では希望を持たせる現象です。

 今の日本もゆるやかに解体の方向へ向かっています。
 おそらく日本国民が同じ目標を目指し歩むことは二度とないでしょう。みなが同じ商品を買い、同じ人生の階梯を登り、同じ価値観を共有するような、人の無知に付け込む同質社会は消えうせました。

 今はネットが使える人間なら、そして充分にその方面において訓練されているなら、誰もが望む情報を手に出来ます。
 これは実はとんでもない革命なのだと思います。かつて情報を独占した大手メディアや、知識の蓄積で無知を補ってきた人々にとっては、自己の否定にもつながる大転換だからです。

 プロテスタントによって印刷された聖書が出回った時、旧来の聖職者は苦悶の叫びを上げて新教を攻撃しました。曰く「間違った解釈が横行するだろう。無知の人間が正しく理解できるはずがない。邪宗を育てるようなものだ。」

 今のメディアを巡る騒動にはこれと似たような例が沢山あります。大手メディアがこれまで発信を規制してきた事柄が、たちまちネットを介して広まってしまう。

 最近の例だけをあげても相撲界の事件、奈良の医療事件、T高校の事件、そして北朝鮮やビルマの件。
 大手メディアがナカナカ触れることの出来ない「企業モラル」も今はネットで監視されています。(企業もネットを監視していますが・・・・多勢に無勢ですね)

 メディアの聖職者たちは頭を抱え込んでいます。

 しかしいずれが結局、より良い社会の木鐸足り得るかは、長い目で見れば明らかです。虚実が入り混じるにせよ、悪意が渦巻くにせよ、より大勢の批判の目に晒され、改訂されうるネット情報が残るのが自然ですし、時代の流れというものでしょう。

 巨大メディアとプロパガンダの時代、総動員と同質化への取り組み。
 日本が目指した国家社会主義の時代は終わりを迎えつつあります。
 新自由主義だ、新保守だ、と呼び名は色々とあるでしょうが、解体と個の時代が到来しました。インターネットはその新しい秩序を告げる第一の騎士だった・・・のだと思います。
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by rotarotajp | 2007-10-01 21:50 | 時事