日々是勉学


by rotarotajp
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<   2007年 12月 ( 5 )   > この月の画像一覧

並木道での再会

 今年のお正月に読んだハインリヒ・ベル(Heinrich Boll)短編集に再度挑戦しました。電車の中で流し読みをした前回は一番最初の「旅人ヨ、スパルタノ地ニ赴カバ」が記憶に残りましたが、今回は「並木道での再会」でした。ちょっと映画的で、視覚に訴える作です。

 ベルはナチの短い高揚の時、アドルフ・ヒトラーが「闘争」を勝ち抜いてドイツを「再生」させた1933年から1939年の間を「生き絶えて腐朽しつつあった共和国の屍体と、私達が今やむなく俸給をもらっているこの膨れ上がった怪物国家との間にいわば挟まれたあの時期、人間的な思い出のある唯一つの、あまりにも短かったあの期間」(ハインリヒ・ベル短篇集:青木順三訳:岩波)と、表現しています。

 ベルの年譜を見ると、なるほど、ちょうど作者の青春期、人生の黄金期と再生ドイツの黄金期は重なっています。(ベル自身はNSDAPの心酔者にはならなかったと解説では説明されています)

 戦争と共にナチの理想世界は溶け出し、ベルの世界観も変化していったのでしょう。「歯をむき出しにした戦争の渋面」を見つめた期間、ベルは青春の風景を埋め尽くした「しゃぼん玉のように空虚なスローガン」を否定し、作品を読む限り、戦後は流れに身を任すことに安らぎを求めたようです。

 Anyone who trades liberty for security deserves neither liberty nor security. と、のたまったのはBenjamin Franklinだそうであります。
 安全と引き換えに自由を手放した者は、自由にも安全にも値しない。

 ハインリヒ・ベルだけでなく、戦後の敗戦国民は、望んでそうしたのではないにせよ、自由と引き換えに安全を、安定を、生命を得ました。

 ちなみに屈辱/無念を英語ではmortificationという言葉で表すことがありますが、最近知ったところでは、この語源はMort(死)なんだそうです。

 ハインリヒ・ベルの物語の主人公たちは、みな少し死んで、少し生きています。
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by rotarotajp | 2007-12-25 21:14 | 私事

発言

「この2人なら大丈夫」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071220-00000966-san-pol

事件が始まるなり入院、取材シャットアウト。で、
奥さんと引き換えに元部下が泥を飲み始めたら
その元部下に一言。記事を二度読み返しちゃったヨ。
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by rotarotajp | 2007-12-20 21:02 | 時事

優生学

 ジャン・レノが出演したThe Crimson Rivers(Les Rivieres Pourpres)は初期優生学を扱ったサスペンスですが、劇中、厳しくその優生学を批判する言葉があって(物語の骨子そのものが優生学批判なのですが)「いかにもヨーロッパ的映画だねぇ」とにやりとした記憶があります。

 第一次世界大戦、ラインラントを占領したフランス軍がそこにアフリカ植民地兵部隊を駐留させますと、その事実は欧州各地で「黒い醜聞」と喧伝されました。「白い」ドイツの乙女が「黒い」アフリカ兵のナニに繋がれるプロパガンダ・コインなどが鋳造され、ヒトラーのような民族主義者をイタく憤慨させたのであります。

 脚の早い牡馬と脚の早い牝馬を掛け合わせれば、脚の早い子馬が生まれる。同じ理屈で、特定の能力を持った人間と、同種の人間を掛け合わせれば、その才能を子孫に受け継がせることが出来そうです。
 勿論、こうした剪定は自然に任せては不可能ですから、管理者が必要です。

 ナチは不適格者とされる者の強制断種を経て、彼らが理想とする民族を後世に残そうとしました。この国家を挙げた実験の成果はしかし今は確認できません。何故ならナチが保存しようとした分子も、結局は戦争で真っ先に消耗されてしまったからです。
 総統はベルリンの防空壕の中で「優秀な連中はすでに死んだ。生き残っているのはカスばかりだ」と、うめいたといいます。

 当時の「品種改良」は初歩的であっても、最先端の「科学」でありました。戦後もっともな理由から、こうした思想(優生学という科学の根本)は封印されましたが(日本には優生保護法がありましたね)最近、遺伝子の解析と共に新しい優生学が生まれつつあるそうです。

 2000年に教育改革国民会議座長をつとめたノーベル物理学賞受賞者、江崎玲於奈氏は「人間の遺伝情報が解析され、持って生まれた能力がわかる時代になってきました」「これからの教育では、そのことを認めるかどうかが大切になってくる。僕はアクセプトせざるを得ないと思う」「ある種の能力の備わっていない者が、いくらやってもねえ。いずれは就学時に遺伝子検査を行い、それぞれの遺伝情報に見合った教育をしていく形になっていきますよ」と、発言されたといわれています。(元発信者不明につきソースなし)
 先日のJames Dewey Watson博士の騒動なども同様の趣旨です。
 つまり「持って生まれた能力」という事です。

 映画の話に戻りますが、この文章を書いているうちに「Gattaca」という1997年の映画を思いだしました。
 遺伝子的に宇宙飛行士になれない主人公が、適格者ながら退廃した人物から遺伝情報を買い取り、彼になりすまして宇宙へ行こうとする物語です。

 とにかく人間は一筋縄でいく生き物ではありません。
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by rotarotajp | 2007-12-14 18:54 | 時事

"She's dead as earth" King Lear

 このところJohnnyCashのWhenTheManComesAroundを繰り返し聞いています。歌詞の主題はヨハネ黙示録の第四の騎士。
 虐殺された「ポスト冷戦のアメリカ」の希望がうねっているようで、何度聴いても厭きません。意図して作詞したのか、911のWTCを「神の狼煙」とみる福音主義者の声に重なるようであります。楽曲としてはマリリン・マンソン(Marilyn Manson)を連想しましたが。

「小羊が第四の封印を開いたとき、「出て来い」と言う第四の生き物の声を、わたしは聞いた。そして見ていると、見よ、青白い馬が現れ、乗っている者の名は「死」といい、これに陰府が従っていた。彼らには、地上の四分の一を支配し、剣と飢饉と死をもって、更に地上の野獣で人を滅ぼす権威が与えられた。」(新共同)ヨハネ黙示録

 そういえばケンタッキー州にこんな博物館があるのだそうです。Creation Museum、創造論を扱った博物館です。信者以外の人には聖書テーマパークでしょうか。
http://www.youtube.com/watch?v=TME30pPBw58
http://www.youtube.com/watch?v=j8eEgPZcgTI
 聖書史観というのは、もう昔のものだと思っていましたが、まだ一部では影響力があるのですね。

 さて、
 第一の騎士は「勝利」勝利の上にも勝利を重ねます。
 第二の騎士は「戦争」火の様に赤い馬にまたがり、地上から平和を奪い、互いを争わせます。

 第三の騎士は「飢饉」

「第三の封印を開いたとき、第三の生き物が「出て来い」と言うのを、わたしは聞いた。そして見ていると、見よ、黒い馬が現れ、乗っている者は、手に秤を持っていた。わたしは、四つの生き物の間から出る声のようなものが、こう言うのを聞いた。「小麦は一コイニクスで一デナリオン。大麦は三コイニクスで一デナリオン。オリーブ油とぶどう酒とを損なうな。」(新共同)ヨハネ黙示録

 意味がわかりにくいですが、識者の解説によると・・・黒は飢饉の、騎士が手に持つ秤は不平等/格差と腐敗/汚職のシンボルだそうです。小麦と大麦の値段については極端な物価高をあらわしています。Worldwide English Versionでは誰にでもわかるように「four cups of wheat for bread will sell for a day's wages」と訳しているそうです。

 投稿表題のShe's dead as earthはコーデリアの骸を前にしたリア王最終盤のセリフ。
 悲劇的な終幕や、陰鬱な予言は、神やら運命やら、そしてまだ見ぬ未来やらに対する人間の畏れの表れなのでしょうね。
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by rotarotajp | 2007-12-11 19:51 | 私事

本日なぜか御立腹

 ぼんやりとニュースを目で追っていると守屋前次官の件にいつの間にか「前防衛次官汚職事件」とオドロオドロしい冠がついていました。この方「どんな恐ろしいことをしたのかいな?」と、色々と記事を読んでいますが、どうもよくわからない。

 テレビのおばちゃんが「みんなが苦労している時に公務員がぁゴルフかい」と、小市民のやっかみ全開で取材に答えているのを聞くと「それじゃおばちゃん、あんたはなんか日本にとって立派なことしたんか?旦那は仕事つきあいのゴルフはしないんか?」とつい横に流れるムカっ腹。ただ生きているだけでエバれるならミミズだってカエルだって立派なモノです。

 どうもいけない。どうも色々なところにケチをつけたくなる。Rotaは根が小人物なんでしょうネ。

 よくわからないところでガタガタやっている事件が最近多いように感じます。よくわからないのに派手に血飛沫だけはとぶ。首が飛ぶ、腕が飛ぶ、脚は切落とされる。さながら安物ゾンビ大活躍のスプラッタ映画。

 守屋次官。長く国の為に奉職されて、プラスとマイナスでいえばプラスの方がずっと多いから次官にまで進まれたのだろうと思います。一回一万円のゴルフを7000回出来る退職金を投げ出し、地位も名誉もなく、御家族まで吊るし上げられて、大変な目にあっておられる。テレビに追いかけられる、記者に詰め寄られる。雑誌は特集を組む。数百万円の賄賂?ホントに証明できるのかいな??

「だいたい罪だとしても、犯罪だとしてもそれほどのことかい?その辺の市町村の議員さんの方がよほどアクドイことしてそうやないか?」(知りませんがね)そっちは別に問題にしないのでしょ?

 ナントカ大学の大麻事件も顔を晒されて、非常に気の毒。何も反社会的組織から覚醒剤を買ったというでもなし、大麻なんて国によっては合法な場合もあります。健全な好奇心。大学生にもなって「考える力」があれば好奇心を持つのは当然。「育てて吸う」という行動力はたいしたもの。悪法も法だから見つかった以上、責任を追及されるのは仕方がない。ただメディアがそんな学生らの上にたって悪口雑言を垂れ流し、将来のある若い人の顔までカメラで撮る。放送する。その品性の欠如が嫌いデス。

 どこの世界でも相手のいないところで批判したり陰口を叩くような人は「要注意」と看做されます。だけど、日本ではメディアを中心にそうした行為がまかり通っている。時によってRotaも私生活でそうした人に迎合するけど「こいつは絶対俺の悪口も言ってるんだろうな」と思う。人のことを悪くいっていれば、いつかは自分の番が来る。

 検察もメディアも血飛沫に国民が厭き始めたら危険ですよ。ご用心ご用心。
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by rotarotajp | 2007-12-04 19:22 | 私事