日々是勉学


by rotarotajp
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楽天的

「物語ドイツの歴史~ドイツ的とはなにか~」阿部謹也先生著:中公新書、を読み直しています。一読後「つまらなかった」と切り捨てた本ですが、相変わらずジューシーさには欠けるにしても、口の中に不快な小骨のようなものが残り、前には感じなかった魅力に気付かされました。特に今回感じたのは「個性」の成り立ちです。「第七章、15・16世紀の文化と社会」の最後にエリーザベト・タークスという女性が紹介されています。彼女は再洗礼派の疑いをかけられ、厳しい拷問を受けます。「我々のミサをどう思うか?」の質問に答えて「あなたがたのミサはまったく信じておりません。信じるのは神の言葉だけです」と答えて、溺死刑に処せられる。個としてあくまで自分の生き方(信仰)を主張するのです。そうした個と個がぶつかると、どちらかが破滅するしかない。彼らの中には善と悪の二極しかないからです。三十年戦争の悲劇はそのようにして生まれました。考えてみればキリスト教というのは過酷な宗教です。仏教のような輪廻転生がない。人の人生は一回きり。死んでしまえばやりなおしはききません。善と悪の最後の大戦アルマゲドンの日まで死者は眠り続けるのです。だから自分の全存在をかけて、命をかけて、主張しなくてはならない。かのスタンリー・キューブリックは記者に「シャイニング」の内容を尋ねられて「楽天家の映画だ」と答えたそうです。なるほど、考えてみれば、どんなホラーであっても、死者のヨミガエリを扱うような物語はすべて「楽天的」なのでしょう。
「来世」という夢を見せてくれる「仏教」は、つくづく甘い(優しい)教えです。
(-∧-;) 南無南無
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by rotarotajp | 2005-10-31 17:56 | バロック