2005年 11月 27日 ( 1 )

226

なぜ11月の今日に226なんだ?と尋ねられれば返答に窮しますが、・・・ええ、直接の原因は本箱から落ちた本を整理していて(普段こぼれ落ちた本は「これも運命である」と、そのまま床に積み上げる)「そういえば読みきっていないなぁ」という松本健一先生著の「北一輝論」を見つけたことからです。なかなか面白さの「キワ所」が捉えにくい本でして、購入して随分経つのですが、いまだにツマミヨミはしても全部通読しきれておりませぬ。北一輝という隻眼の異様人を理解する度量がRotaにはないのかもしれません。
さて、出るわ出るわ、「北一輝論」を本箱に押し込むと、226関連の本が下から山と出てきますヨ。226資料の一角がまとまって崩れ落ちたようで、これだけ出るとおとなしく本箱に押し込むのが惜しくなりますデス。九時ぐらいに片づけを始めて、すでに1時間(2時間か?)。片付けたのは最初の1分ぐらいで、後はずっと本を読んで当ブログを書いております(笑 本箱にあった本も机の上に引き出されて、片付け始める前より部屋は乱雑。

226事件における昭和天皇の対応は(その後伝えられているところでは)極めて明快です。昭和史の一つの見せ場でもありますし、この部分はいつ読んでも小気味がいい。
「~宮中に(事件発生の)第一報が入ったのは5時30分頃だった。天皇はまだ目覚めの前だったが、当直の甘露寺受長侍従が伝えると「とうとうやったか、」と吐き捨てるようにいって、すぐ軍服に着替え、表御座所に入った。(「昭和天皇とその時代」河原敏明:文春文庫)
本庄侍従武官長の手記には次のようにあります。
「~その精神に至りては、君国を思ふに出でたるものにして、必ずしも咎むべきに非ずと申述ぶる所ありしに、後御召しあり、朕が股肱の老臣を殺戮す、この如き凶暴の将校等其精神に於いても何の恕すべきものありやと仰せられ~」云々。
天皇の言葉としては以下のものが最も有名かもしれません。
「~行動部隊に対する鎮圧手段実施の進捗せざるに焦慮あらせられ、武官長に対し、朕自ら近衛師団を率ゐこれが鎮圧に当らんと仰せられ~」
天皇は事件発生の一報以後、数十分毎に武官長を呼び出し「反乱部隊鎮圧」を督促したといわれています。(「クーデター」中公新書:尾鍋輝彦著)
このように伝えられている事が本当なら、石原莞爾らが鎮圧部隊を東京に用意する以前から、昭和天皇はあくまで行動部隊と対決されるおつもりだったのです。その姿勢が、ともすれば決起将校側に傾こうとする軍の一部を押し留め、帝都の陥落を免れさせたのかもしれません。

ところで、昭和天皇に横ッつらを叩かれたに等しい決起将校らは、この天皇の意思を(言葉を)、この時は知りませんでした。簡単に約めていえば、決起将校らは天皇を取り巻く重臣らを取り除いたなら、その陰から半ば神である天皇が現れ、自分たちの側に立って(彼らが感得しているところの)不正を正すと信じていたようです。(決起趣意書に「不逞凶悪の徒続出して私心私欲を恣にし」「君側の奸臣軍賊を斬除し」とある)それが全てではなかったでしょうが、信条のどこかに、そうした気持ちがある。上述の「北一輝論」に、その関係をわかりやすく表現している箇所があって、ウマイこと書くなぁと感心してしまいました。(以下引用部分「北一輝論)「(決起将校らは)~天皇に「惚れて」いたのである。~中略~彼らの情熱の激しさが恋人を覆っていた御簾を焼き落としたとき、この世でもっとも美しいはずの恋人がそこにはいなかったのだ。おそらく失恋者のたどる道筋は、美しくない恋人を呪うか、美しいと信じていた自分を呪うかである。~中略~天皇を呪うということは、天皇を恋闕し天皇を奉じて決起した自己を呪うという事であった」

雪の最中に始まった事件は、その年の夏には大部分、決着します。7月5日、非公開裁判の判決は死刑17名、無期5名、有期禁固54名。僅かな間を挟んで、12日には死刑が執行されます。ここに至る道もなかなか酷薄でありました。事件前に彼らを焚き付けた高級将校らは臆面もなく距離を保って近寄りません。陸軍省は自決の為の白木綿から、棺桶、死体の処理に使う脱脂綿や消毒薬まで用意して、武装解除に応じた決起将校らに拳銃軍刀の携帯を許し「死ね、死んでしまえ」(将校手記より)よがしの態度をとったそうです。決起将校らが法廷闘争に臨んだのは、そうした軍の「遣り口の汚さ」に憤激したからだともいいます。獄中、いよいよ天皇の言葉と意思を知った将校は、いかに打ちのめされた事でしょう。磯部浅一氏の獄中手記に以下のような言葉があるそうです。「陛下が、私共の挙を御きき遊ばして「日本もロシヤの様になりましたね」と云うことを側近に云われたとのことを耳にして、私は数日間 気が狂いました」
ついに想い想ってきた恋が破れた時、彼は髪を掻き毟ったのでしょうか?じっと牢獄の壁を見つめただけでしょうか?
いつもモノ寂しい冬の時期にRotaが226を想うのは、それが白い雪と不可分であるからだけでなく、日本の恋の凄まじい一例として、事件が際立っているからかもしれません。
(恋闕とは何かって?聞かないで下さい(´・ω・`)ノ
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by rotarotajp | 2005-11-27 10:38 | バロック