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2007年 09月 08日 ( 1 )

広島

 広島の方の意見を伺う機会があったので、じっくりと原爆と広島を見つめなおしてみました。
 しかし、やはり・・・・理解に苦しむ!

 例えば核に対するアレルギー。

 二度も核の被害を受けた日本以上に、核で自国を防衛しておかしくない国が他にあるでしょうか?

 核が誕生して以来、その使用の抑止に成功したのは核による脅迫だけであるという事実があります。

 核スパイのローゼンバーグ事件をどう解釈するかは人それぞれでしょうが、ローゼンバーグ夫妻が処刑されたのはソ連に核防衛力を与えたからです。

 核は文字通り「矛盾」の兵器なのです。絶対の力を持つ矛と、絶対の力を持つ盾です。

 原爆によって、ほとんど壊滅に追い込まれた都市が、なぜその核を持って自衛しようと思わないのでしょう?訴えないのでしょう?

 ことさら核に限らずとも、同等の兵器によらずして優秀な兵器を抑制できた例は人類の歴史にはありません。

 鉄の民族は青銅民族を駆逐しました。
 銃は弓を駆逐しました。
 戦車や飛行機は騎兵を圧倒しました。
 核はその全てに勝って、いわば兵器の帝王として、現代を覆っています。

 以上、広島平和記念館のWEB展示を見ての感想です。
 この展示の中の「被爆までの広島」に日本の戦争の歩みが、やや偏りのある史観で描かれていますが、しかしこれが「原因と結果」論なら、防衛大臣の「しょうがない」と同じ発想です。
 しかしながら、もしこれがそうでないというなら、わざわざ記述する意味がありません。
 米退役軍人会は原爆を投下したB29のスミソニアン展示に難色を示し、結局展示の形を変えさせましたが、同じことが自主的に日本でも行われている。不思議なことです。

 思いますに、核に至る道筋が悲劇だったのではありません。
 核を使用されたということが悲劇なのです。戦争は悲劇でしょうか?そうかもしれません。しかし敗戦が一番の悲劇なのは当然でしょう。

 なにか日本の宗教観、生死観と係わりがあるところで、炉は重要なものを掴み損ねているのかもしれません。失礼ながら、(もしあれらが建前ではなく本気で書かれた主張なら)記念館の記述は手前勝手なカルト思想に思えます。


 ところで何故に原爆を落とされた一帯が「平和記念」(公園や資料館等)なのか、前々から疑問でしたが(まさか原爆投下=敗戦=平和、ではありませんでしょうから・・・)、これは1949年の「広島平和記念都市建設法」に従って整備された場所であるからのようです。

その第一条  この法律は、恒久の平和を誠実に実現しようとする理想の象徴として、広島市を平和記念都市として建設することを目的とする。

 とどのつまり、本当の平和が来る前に「記念」だけしてしまおうということです。
 都合のいい考え方ですが、こうした過程をすっとばした平和論が、自衛なき平和論につながっているような気がしてなりません。
 炉は広島の平和も、自衛隊という組織や、日本の外交、在留米軍、そして米の核抑止の下に存在していたものだと思います。
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by rotarotajp | 2007-09-08 20:54 | 時事